山内規重蟄居屋敷跡と殿様釣井 - 10年間蟄居を命ぜられた地

山内規重蟄居屋敷跡(香南市)

[ 高知県香南市香我美町山北  ]


山内規重蟄居屋敷跡(香南市)

香南市指定文化財 山内規重蟄居屋敷跡 

土佐藩の家老山内主馬規重が、深尾家と孕石家の縁談のもつれに介入し、六代藩主豊隆公の考えに反するものとして禄を奪われ、正徳元年(1711)十二月二十六日に山北安弘の里に蟄居を命ぜられてから享保五年(1720)八月、許されて家老職に復するまで十年間、苦境の時代をすごした場所である。

昭和五十三年四月一日指定 
香我美町教育委員会

【 参考・引用 】  説明板より


殿様釣井(香南市)

香南市指定文化財 殿様釣井 

土佐藩の家老山内主馬規重が、深尾家と孕石家の縁談のもつれに介入し、六代藩主豊隆公の考えに反するものとして禄を奪われ、正徳元年(1711)十二月二十六日に山北安弘の里に蟄居を命ぜられてから享保五年(1720)八月、許されて家老職に復するまで十年間、使用した井戸。
どんな日照りでも水が枯れないといい、現在もなお集落に人々の命の水として利用されている。

昭和五十三年四月一日指定 
香我美町教育委員会

【 参考・引用 】  説明板より


山内規重蟄居屋敷跡(香南市)

土佐藩第6代藩主・山内豊隆の死後、第7代藩主・山内豊常の代に蟄居を解かれ、藩主補佐役に起用され江戸に出るが、江戸在住1年目に、40歳で死去しちょります。

墓は五台山にあるがです。

山内規重 - 土佐藩第8代藩主・山内豊敷の父


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