柴尾の一本杉 - 樹齢480年余り、越知町保護天然記念物

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

[ 高知県高岡郡越知町柴尾  ]


越知町中心部から北東に約1.2Km行った柴尾集落の、柳瀬越知線(県道300号)が南に大きくカーブする所にある観音堂傍に、大きな杉の木が立っちょります。

丁度、バス停「柴尾」の傍で、周囲は水田で遮るものがありませんき、越知町方面から来ても、伊野町方面からでも、遠くからその姿を見る事ができるがです。

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

杉の木の根元に「杉尾の一本杉 町保護天然記念物 1987年9月16日」の標柱が建てられちょります。

標柱の建てられた当時の記録では、幹周り5.4m、樹高23m、推定樹齢450年と記されちょりました。

それから、約30年過ぎちょりますき、推定樹齢480年余り、幹周りや樹高も幾分か大きくなっちょりますろー・・・・・。

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

その杉の木の傍に、高さが1m程もある石碑があり、「宝永七年庚寅 南無弘法大師遍照金剛」と刻まれちょります。

石碑の左側にある平成23年(2011)に建てられちゅう真新しい石碑にゃ、「宝永南海地震災害記念石碑」とあり、その横に「宝永南海地震(1707)による仁淀川中流の天然ダムの災害碑」と言う説明板があるがです。

「宝永南海地震」ちゅうのは、宝永4年(1707)に起こった南海トラフ大地震の事じゃけんど、その3年後に「宝永南海地震」に関連する災害が発生し、この石碑が建てられた事のようながです。

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

説明板よると、宝永南海地震の際、大規模な崩壊があちこちで起こり、土砂が仁淀川を堰き止めたことによって天然のダムが形成され、それも6ヶ所も出来たそうです。

天然のダム湖ですき、月日が経てば水が溜まり、当然、それより上流域は冠水したと言うがです。

それが、「宝永南海地震」発生後2~3年目の事じゃったがでしょうか、各所で地震の影響による水害の被害を受けたと言う事のようです。

そのため、地元じゃ「石碑より下に家を建てるな」という言い伝えが残っちょるそうで、これも地震災害の教訓を伝える記念碑ながです。

上の写真は、柴尾の一本杉を100m程南下した所から西側を見たもので、遠くに横倉山が見え、手前は民家は無く水田が広がっちょります。

今でも、仁淀川が氾濫すると、この周辺は冠水すると言う事です。

柴尾の一本杉 (越知町柴尾)

海岸部に住んじょる者としたら、「地震=津波」の事ばかり連想するけんど、山間部も土砂崩れにより河川が堰き止められ、やがて大水害と言う恐怖も付きまとうと言う事を、改めて知った次第ながです。

この柴尾の一本杉も、大地震災害の恐怖を目撃した生証人ながですねー。


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