福壽院 - 土佐西国三十三観音霊場第5番

福壽院(高知市薊野)

[ 高知県高知市薊野  ]


土佐西国三十三観音霊場第五番の寺で、正式には「中尾山 良泉寺 福壽院」となっています。
本尊は聖観音、はじめ天台宗で一時期消滅していましたが、万治年中(1658~60)厳秀(げんしゅう)という僧侶が真言宗の常通寺の末寺として再興したと伝えています。
明治4年(1871)年廃寺となり、翌5年毘沙門天聖観音堂として再興されました。

【 参考・引用 】  「薊野の史跡めぐり」マップより


開創年は不明じゃけんど、万治年中(1658~60)厳秀が再興する前は、天台宗國清寺の末寺じゃったとか。

それと厳秀が真言宗・常通寺の末寺として再興した「常通寺」とは、長宗我部元親が岡豊から居城を大高坂に移した時に、一緒に高知城下に移った寺と同一じゃと思われます。

元は、岡豊の常通村(現・南国市常通寺)に行基が建てた安祥寺と言うのが始まりらしいけんど、長宗我部国親の父・兼序の菩提寺となって法号「覚誉常通」に因み常通寺になったという。

長宗我部元親が大高坂に居城を移した時は、石立村岩戸(現・高知市)に移ったがですが、山内一豊が土佐に入って来た後の寛永5年(1628)に小高坂村に移ったがです。

常通寺跡 - 元は岡豊から移した長宗我部氏の菩提寺が始まり 2013-03-30

福壽院(高知市薊野)

お堂の入り口の樹木は、高知市保護樹木になっちょります。


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