寺家堂 - 土佐西国三十三観音霊場第30番・寺は本山茂辰二男が開基

寺家堂(高知市朝倉本町)

[ 高知県高知市朝倉本町・高蓮寺 ]


高知市朝倉の高知大学の南に、浄土真宗本願寺派の高蓮寺さんと言うお寺があるがですが、この境内に土佐西国三十三観音霊場第30番・寺家堂が祀られちょります。

寺家堂(高知市朝倉本町)

門を入って、左手前が寺家堂(観音堂)、その北側が釈迦堂と並び、奥が本堂になっちょります。

寺家堂(高知市朝倉本町)
[ 寺家堂(観音堂) ]

寺家堂(高知市朝倉本町)

寺家堂(高知市朝倉本町)

寺家堂(観音堂)の蛙股ですけんど、顔は龍のようにも見えるけんど、羽(翼)があり、尻尾が魚のおヒレのような彫り物じゃけんど「鯱(お城の屋根にあるシャチホコと同じシャチ)」ですろーか・・・・・。

寺家堂(高知市朝倉本町)
[ 釈迦堂 ]

ここの釈迦如来座像は高知市指定の有形文化財になっちょります。

木造釈迦如来坐像

像高 85cm  室町時代
ヒノキ材、寄木造、彫眼の漆箔像で、内刳をほどこす。
頭部は一材から彫成して三道下で体部に挿し込み、体部は前後に矧ぎ、更に背面を上下二材矧ぎとし、両肩先、両前膊[ぜんはく]部と手首を矧ぎ、膝前は横材で彫成し、裳先を矧ぐ。
面長でよく整った面相、丁寧に刻まれた衣文などよくまとまった像であるが、全体に迫力に欠けるのは時代からしてやむをえまい。
右肩口を欠き、右手前膊を剥離している。
本像は、当地では田植え釈迦として人びとに親しまれていたというが、だとすれば本像はもと極楽寺の本尊であったものと思われる。

【 参考・引用 】  
文化財情報 有形文化財 木造釈迦如来坐像 - 高知市公式ホームページ



寺家堂(高知市朝倉本町)

田植えの釈迦

昔、この朝倉村の田んぼの道外れに大きな椎の木があって、その下のお堂にお釈迦さんがお祀りされちょったと。

ある春の田植えの時期に吉さん一家が田植えをしたけんど、日暮れになっても予定の1/3ばあしか、田植えが出来んかった。

そんでつい「お釈迦さんよ、わしらー朝から一生懸命に苗を植えたけんど、まだこればーしか植え終わっちゃーせんがよ。田植えを助けてくれたら済むがやけんど・・・・・」とか何とか愚痴を言うて、その日は帰ったと。

次の朝、田植えの続きをしようと田んぼに来てみたら、昨日、植え残しちょった所に綺麗に苗が植えられ、田んぼに水も入り、すっかり田植えは終わっちょったがじゃそうです。

如何したことじゃろーと驚いた吉さんが、周囲を見たら手足や顔が泥だらけになっちゅう、お釈迦さんが目に止まったそうながです。

ビックリした吉さんは、お釈迦さんに昨日の非礼を詫びて、お釈迦さんを綺麗に洗い清め、近在の人が新しいお堂を建てて、お祀りしたがじゃそうです。

このお話(民話)が「田植えの釈迦」の名の由来で、現在、高蓮寺の境内にあるのは、明治の廃仏毀釈の時に、移したがじゃそうです。

【 参考・引用 】  『続・土佐のごりやくさん』 市原麟一郎・著 (1996)


寺家堂(高知市朝倉本町)

また高蓮寺の縁起は、朝倉城主・本山茂辰が長宗我部元親との戦いに敗れ朝倉城が落ちと後、本山茂辰の二男が出家して開基した寺じゃとも記されちょります。

本山清茂(梅渓)墓 - 長宗我部元親の父・国親の終生最大の宿敵 2016-05-29


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