鶴姫神社 - 高倉天皇の寵愛を受けていたが平清盛に流された姫

鶴姫神社(香南市)

[ 高知県香南市香我美町山北  ]


平安時代後期人皇第八十八代高倉天皇は大江匡則朝臣の御姫君御室御前を御妃として大変御寵愛なされていたのであるが平氏が台頭して清盛が大政大臣となり权盛並ぶもの無きになりたる時 己が姫徳子を中宮として宮中に参内せしめた
後に清盛御室御前を憎みて終に土佐国に移される事になったのである
御座船が岸本の浦にお着きなされた時不思議にも都よりひなつるが御あとを慕い来リて久しく宇田の松原にて遊びたわむれていたと言う
その後この故事にちなんで御室御前の別名を鶴姫様と申し上げていたとの事である

私等相つどいて ここに小社を建て
姫の御霊をお慰め申し上げる次第である

平成四年六月 有志一同

【 参考・引用 】  境内の説明板より


高倉天皇の寵愛を受けていた大江匡則の娘・御室御前が、平清盛が自分の娘・徳子(建礼門院徳子)を中宮にしたいがために、清盛によって土佐に流されて来たと言う事ながです。

岸本(現・香我美町岸本)に着いた御室御前は、この鶴姫神社のある地に屋敷を構え住み、この地で亡くなったそうで、村人たちから「御室八幡さん」として祀られちょったそうですが、長い年月で朽ち果てたため、周辺の有志たちによって再建されたようながです。

御室御前生存中は、平清盛長男・小松大臣重盛公よりたびたび黄金が贈られたと言い伝えられている、また、高倉天皇も御室御前を哀れんで側近の有吉中将をお供に付けて土佐に来たとも伝えられているようで”有吉”の地名も残っている。

【 参考・引用 】  『香我美町史』




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