竜石神社竜の口 - 土岐城を攻めあぐね竜石に戦勝祈願し城を落とす

竜石神社竜の口(日高村岩目地)



[ 高知県高岡郡日高村岩目地  ]
高知市の方からだと、国道33号線を西に行くと、日高村のJR四国土讃線岡花駅傍の陸橋を南に渡り、更に400m程行った国道の北側に、写真の祠と説明板が建っちょります。

竜石神社竜の口

日高村史跡文化財
(昭和三十五年指定)

土岐城を攻めあぐんだ長宗我部元親は、ここで竜の頭をした石を見つけ「天が我が軍の必勝を暗示した奇端である」として、兵を集めて必勝を祈願、土佐一国平定ののちは神として、祀ることを誓った。
これに士気を鼓舞された兵はいっきょに土岐城を落した。
のちに元親は誓約どおり小祠を建納し、武運長久の守護神としたと言われている。

【 参考・引用 】  説明板より


説明板にあるように、此処は長宗我部元親所縁の場所で、日高村史跡文化財に指定されちょります。

長宗我部元親が、日下の一条氏家臣・白河兼親の守る土岐城を攻めた時、城は堅固でなかなか落とせず攻めあぐんじょったそうです。

ある日、元親が送った敵城偵察の雑兵が喉が渇き、何処かに水はないかと探した所、天に昇る龍に似た岩を見つけたそうです。

此の事を元親に伝えると、直ぐに元親も見に行き、岩が余りにも天に昇る龍に似ちょるもんじゃき心打たれ、すぐさま軍兵を集め「これは天が、わが軍の勝利を暗示した吉兆の印じゃ」と戦勝祈願をし、「土佐平定の暁にゃ、この岩を竜石の神として祀る」事を約束したそうです。

まもなく土岐城を攻め落とし、天正3年(1575)土佐一国を平定した元親は約束通り、此処に祠を建て竜石を祀り、武運長久の守護神としたと言う事です。

【 参考・引用 】  『土佐の神仏たんね歩記』 市原麟一郎・著 (平成13年)


土岐城(日高村日高村本郷鹿古)
竜石神社竜の口から見ると、800m程南東方向に土岐山(城跡)が見えちょります。

土岐城は宮地森城・著の『土佐国古城略史』には、「日下西城」と記載されちょり城主の白河兼親は一条氏の一族ではないかと記されちょりますが、儒者・緒方宗哲・著と目される『土佐州郡志』には土冝城と記されちょります。

築城時期は不明じゃけんど、戦国時代・黒岩片岡氏の築城とも言われちょりますが定かじゃないがです。

ただ南北朝時代にゃ北朝方の三宮氏、その後、一時期は大平氏や一条氏の城となっちょりますが、元亀3年(1571)に長宗我部元親の支配下に入ると、桂井氏(三宮氏一族)が城代となっちょります。


MapFan地図へ
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment