八幡山跨線橋 - 国指定重要文化財・旧魚梁瀬森林鉄道遺構の一つ

八幡山跨線橋(田野町)

[ 高知県安芸郡田野町  ]


場所は田野町八幡の前にある八幡山跨線橋で八幡さんへの参道にもなっちょりますが、昔は、その下を森林鉄道の軌道が通っちょったがでして、旧魚梁瀬森林鉄道遺構田野線の跡として保存されちょるがです。

八幡山跨線橋(田野町)

八幡山跨線橋

[建設年] 昭和8年
[構造様式] 鉄筋コンクリート造り
[所在地] 高知県安芸郡田野町八幡山

田野町の八幡神社の参道としてつくられた跨線橋。
鉄筋コンクリート造のガ―ダ―橋で、橋桁の長さは6.96m。
設計は八幡神社の氏子だった柳井三郎氏によるものといわれています。
使用した鉄筋コンクリートは粒子が粗く、昭和初期らしい構造を呈しています。
現在も参道として使用され、地元の氏子たちが補修などの取り組みを継承しています。

【 参考・引用 】 説明板より


写真の場所 : MapFan地図へ

魚梁瀬の森林は、江戸時代以前から優良な木材の産地じゃったそうで、天正14年(1586)に豊臣秀吉が京都の東山に大仏殿を建設する計画を立て石田光成、浅野長政、増田長盛らに全国から木材の選定を命じた際、選択の結果、第一番に選ばれ長宗我部元親が秀吉に送ったり、江戸城の修復にも使われたりしたとの記録が残っちょるそうです。

森林鉄道の歴史の始まりは、明治43年(1910)に田野 - 馬路間23.4kmの鉄道が始まり明治44年(1911)完成し、その後、支線を含めた奈半利川線(41.9km)が完成し、総延長250kmと言う国内屈指で高知県内最大の森林鉄道網が完成しちります。

しかし、魚梁瀬ダム建設に伴い、昭和39年に全線廃止となったがですが、平成21年(2009)に日本の林業技術史上重要な遺産として残っちょった橋梁や隧道などの遺構が国の重要文化財として指定されたがです。
【 参考・引用 】 魚梁瀬森林鉄道 - Wikipedia


魚梁瀬森林鉄道遺産Webミュージアム

八幡山跨線橋(田野町)

この八幡山跨線橋下を通った森林鉄道は、八幡山の東麓を北に抜け、東側に行くと田野町線の起点になっちょた田野貯木場があったそうです。

西(左)側は魚梁瀬への方向で、八幡山の前を西に抜け北上し(現在は車道としての役割を務めちゅう県道206号線)、奈半利川右岸を北上しっちょったがです。

八幡山跨線橋(田野町)

此の写真の場所は、野根山二十三烈士殉節の地碑のある二十三士公園の傍の奈半利川右岸の道が、県道206号線と交わる場所ながです。

野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す 2015-02-20

写真にゃ一部しか写っちょりませんが、写真右側から、奈半利線が走って来て田野線と合流しちょった、これも遺構の一つ「立岡第二号桟道」がある場所ながです。

写真の場所 : MapFan地図へ

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