観音山の津波の碑 - 安政南海大津波の教訓を伝えるメッセージ

観音山の津波記念碑(香南市香我美町夜須・観音山)

[ 高知県香南市夜須町 ]


九州・熊本地震により被害を受けられました皆さま方には、心からお見舞い申し上げます。

また地震により、お亡くなりになられた方々の御冥福を御祈りいたしますとともに、被災された皆さまには謹んでお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧・復興を、心より御祈り申し上げます。




今回は、土佐も南海地震の危険性が叫ばれちょりますが、地震の激震も怖いけんど長い海岸線を持つ土佐の民への恐怖は、同時発生する大津波ながです。

平成23年(2011)3月11日に発生した「東日本大震災」からもう5年経ち、「喉元過ぎれば熱さを忘れず」じゃないけんど、ついつい安心しきっちゅう所が無きにしも非ずの昨今、今一度注意喚起の意味で、先人からの現在の我々への「命」を守るべく教訓を取り上げます。

ここは土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線「夜須駅」の北西約400m程の所にある観音山と呼ばれる標高28m程の小山の頂上から見える夜須の手結港と手結岬ながです。

ここに、安政元年(1854)に発生した安政南海地震の津波の記録が刻まれた石碑が建っちょります。

観音山の津波記念碑(香南市香我美町夜須・観音山)

観音山の津波記念碑(香南市香我美町夜須・観音山)

なかなか流暢な文字で書かれちょり、何て書いちゅうか当方も読み解く事は難問じゃと思いよったら、幸いにも傍に説明板がありました。

奉納延命十旬観音経一百万遍也
為万民安全長久

付たり大変津波の記。
去る嘉永七寅(安政元-1854)十一月四日早朝より地震致し、夫より大汐一日に七・八度の狂いこれあり、衆人只不思議と怪む計り也。
翌五日、青天にて暑さ夏炎の如く同日夕七ッ時(午後四時)大地震。
天地も崩るる如く、老若男女大いに驚き蚊の鳴く如く騒ぎ立ち、同じ日入り頃一番波打ち入り、当西町より東へ打ち越し、諸人是又驚きこれを言うあり。
食物・着用(衣類)手毎に引堤げ、此の山上へ持ち運ぶ数百人相助かる。
実に当山は命の山と永賞致す也。
二番波少し波間これあり、其の時大汐(津波)沖へ引き取る事二三十町計り。
夫より三番波これあり、五ッ時(午後八時)打ち入り一度に家蔵流失致す。
跡白浜と相なり目もあてられぬ如く也、思えば天変有る間式(敷)き事計り。
かたく宝物家に残すも再び我が家に帰るべからず。
必ず必ず是肝要なり。

筆者 福重鉄次郎

【 参考・引用 】  説明板より


古文書の「夫」は「それ」と読みます。
「夫より」は「それより」です。

【 お教え頂きました 】  
blog「地誌のはざまに」 kanageohis1964 さんより


最初の記述にある「嘉永7年(1854)11月4日の早朝に地震があり、其のあと7~8回もの海の満ち引きがあり」とは、南海トラフ東側の東海道沖を震源とする安政東海地震の事。

津波は駿河湾西側や遠州灘では引き潮から始まったが、伊豆半島沿岸では潮が引くことなく津波の襲来に見舞われた。
伊豆半島において昼過ぎまでに何十回となく襲来し、大きな波は3回打寄せ、そのうち第二波が最大であった。
志摩半島の国崎では津波特異点となり「常福寺津波流失塔」の碑文には、「潮の高さは城山、坂森山を打ち越えて、彦間にて七丈五尺(22.7 m)に達した」と記されている。

【 参考・引用 】  安政東海地震 - Wikipedia


この日、土佐では大きな津波被害はなかったけんど、通常よりも多すぎる7~8回の汐の干満があり、「衆人只不思議と怪む」と書かれちょります。

その翌日、安政南海地震が発生し、土佐を激震と大津波が襲うがです。

そして、津波の第一波襲来後に助かった人々は、食物や衣類を持ってこの山の上へ逃げ延びて来て、ここは 「命の山」じゃと、伝えられるべきとある。

第二波の時は小さいかったけんど、其の後、潮が沖合に二三十町計り引いたと思ったら第三波の大津波が押寄せて来て、家や蔵も全て流失してしまい、跡は「白浜」になっていたとある。

江戸時代の距離の表し方

1里 = 36町≒3.9Km
1町 = 60間 = 360尺≒109m


上の距離は多少アバウトじゃけんど、「二三十町汐が引いた」となると、十町でも約1Kmじゃき、とんでもなく恐ろしい、もの凄い津波の引き潮じゃった事になるがやき。

因みに、この観音山から手結岬まで約2Kmですき、「二三十町」じゃのうて「二三町」の誤りかと・・・・・。

実際には測るすべも無かったろーし、兎に角、地震と津波の恐怖の中、今までに見た事もないような津波の引き汐を見た驚きを、「二三十町汐が引いた」と表現しちゅうがじゃないかと思います。

碑文の筆者「福重鉄次郎」さんは、津波の様を記録として残すだけではなく、過去から未来(現在)の我々に、メッセージを投げかけちょります。

一番大事な物は命じゃき、「金目の物や大事な物を、絶対に取りに戻ってはならない。これを、絶対に絶対に忘れちゃーいかんぜよ。」と。

観音山の津波記念碑(香南市香我美町夜須・観音山)

この石柱は、観音山の南の道路傍に建っちょります。



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2 Comments

kanageohis1964 さんへ  

Re: タイトルなし

コメントと、「夫」の読みを御教えいただきまして、ありがとうございます。

古文書の読みは難しいですね。
また一つ勉強になりました。

2016/04/20 (Wed) 22:19 | REPLY |   

kanageohis1964  

こんにちは。

確かに津波の場合、一番波が最大とは限らないですね。「かたく宝物家に残すも再び我が家に帰るべからず。」はまさに経験者は語る、ですね。

因みに古文書の「夫」は「それ」と読みます。「夫より」は「それより」です。

2016/04/20 (Wed) 20:22 | REPLY |   

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