大谷神社 - 平安時代の『三代実録』にも記載されちゅう由緒ある神社

大谷神社(野市)

[ 高知県香南市野市町大谷下宮田 ]


場所は、香南市の「のいち動物園」と「四国霊場第28番札所・大日寺」の間、金剛山西南麓の谷間に鎮座しちょります。

大谷神社(野市)

大谷神社

「三代実録」に記載される国史現在社。
本殿は天保7(1836)年、大工棟梁戸板島村の中村祐四郎清重の作品。
旧暦六月十四日~十五日夏大祭に行われる「古式祭」はパンツ一丁五人の裸男が甑で焚いた蒸し飯にみそ田楽を添えた五膳を深夜本殿に供える古くからの祭りで町の有形民俗文化財に指定。

【 参考・引用 】  神社鳥居脇にある野市町教育委員会の説明板より


大谷神社古式祭

大谷神社(野市)

御祭神は天岩戸別命(あまのいわとわけのかみ)。

『古事記』の天孫降臨の段に登場する。
邇邇芸命が天降る際、三種の神器に常世思金神・天力男神・天石門別神を添えたと記され、同段で天石戸別神は又の名を櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)といい、御門の神であると記されている。
天孫降臨の段に登場する神の多くはその前の岩戸隠れの段にも登場しているが、この神は岩戸隠れの段には見えない。

天石門別神は古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られていた神である。
天太玉神の子ともいう。

【 参考・引用 】  天石門別神 - Wikipedia


神文は柏紋。

この大谷神社は説明板にもあるように、平安時代に編纂された歴史書『三代実録』にも記載されちょります、旧村社で大谷大明神とも言う由緒あるお宮さんながです。

『三代実録』貞観十二年(870)三月五日条に「詔授(中略)正六位上大谷神従五位下」、元慶三年(879)九月二十七日条に「授土左国(中略)従五位下大谷神従五位上」とある大谷神に比定される。
『南路誌』には「社記伝、大谷大明神と唱、社地南北廿間、東西十間、宮林十六間、南北三十間」とある。
火災にあって旧記棟札を失った・・・・・
(香美郡町村史)

【 参考・引用 】  
『高知県の地名 日本歴史地名大系40』 平凡社・刊(1983)  


序に伝承を。

大昔、神武天皇東征の時、この地に大神が居るとして、わざわざ使者が来たとも・・・・・。

【 参考・引用 】  『続 土佐のごりやくさん』 市原麟一郎・著(1996)


大谷神社(野市)

拝殿前に、香南市教育委員会が建てた香南市史跡「川田維鶴作の絵馬一の谷」の石碑が建っちょりました。

川田維鶴(かわだ これたず)とは、幕末期に西洋事情や思想等を坂本龍馬を通じ多くの志士達にも影響を与えた河田小龍と言った方が御存知の人が多いと思うけんど、小龍さんの本名です。

碑の側面に「川田維鶴の落款があり、三十歳頃のものと思われる」と記されちょります。

残念ながら、実物の絵馬は拝見することは出来ませんが・・・・・。


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1 Comments

矢田@医療職兼業トレーダー  

歴史の重みを感じます。
応援しておきました。ポチッ

2016/04/19 (Tue) 22:33 | REPLY |   

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