乳母ケ谷(姥ヶ谷) - 濱口雄幸の先祖が乳母と逃れ住んだ地と伝承

乳母ケ谷(高知市)
 
[ 高知県高知市横浜姥ヶ谷地区  ]


乳母ケ谷(高知市)

上は昭和54年版の高知市地図から、西孕と呼ばれる付近を抜粋しちょりますが、そこに当時の県交通のバス停に「ウバガ谷」の文字が見えます。

現在は、バス路線は廃止になっちょりますが、一枚目の写真がバス停「ウバガ谷」があった辺りから見た、乳母ケ谷(姥ヶ谷)じゃと思われる場所ながです。

乳母ケ谷は宇津野峠東南麓とされ、永正14年(1517)津野氏の家臣じゃった水口弥惣左衛門が高岡郡戸波(現・土佐市)の恵良沼で一条氏との戦いで戦死した時、残された幼児を乳母が抱えて逃れた地じゃと伝承されちょります。

この西孕の山中に隠れ住んで成長した子・水口次郎左衛門が、水口山に横浜城(水口城) を築き本山氏に仕えていたが、永禄3年(1560)に長宗我部国親との長浜の戦いの際、横浜城も攻められ落城し、五台山の唐谷に逃れ住み、山内家にとりたてられるがです。

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