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岩井口遺跡 - 弥生時代の住居址と中世の館跡が確認された

岩井口遺跡(佐川)

[ 高知県高岡郡佐川町西組  ]


岩井口遺跡

平成二年度に実施された佐川町斗賀野地区県営ほ場整備事業に伴う事前の試掘調査によって確認された遺跡である。
平成四・五年度に発掘調査が実施された。
平成四年度は県営ほ場整備事業に伴うもので、平成五年度が県道改良工事に先立つものであった。
この調査によって、弥生時代の住居址と中世の館跡が確認された。
住居跡は一辺約四メートルを測る方形の竪穴住居跡で、周りには排水のためとみられる幅約三十センチメートル、深さ約二十センチメートルの周溝が巡り、叩き目を持つ完形の甕と小形の鉢が出土した。
この土器から住居跡は弥生時代終末期のものと判断される。
館跡は本遺跡を特徴付ける遺構で在地領主の屋敷跡と考えられ、南北朝時代から室町時代にかけての約二百年間存続したとみられ、戦国期に入り廃絶している。
西暦では十四・十五世紀にあたる。
館は周囲に二条の溝を巡らし、北側では溝と溝の間が六メートルあり、その間に土塁を設けていたのではないかと推測される。
館内には十棟ほどの建物が配置されており、母屋とみられる中心部の建物は何度も建て替えられていた。
一方、周辺部の建物は規模も小さく、出土遺物も僅かであった。
この様な事から、当時は領主を中心にその周りに家来、さらにその外に農民を配置していた事を窺い知ることができる。

平成五年十月一日
佐川町教育委員会


岩井口遺跡(佐川)

県道308号本郷斗賀野停車場線沿いの岩井口集落にある岩佐神社・海津見神社の近くの山側に、この説明板が建っちょります。

写真の道路沿い周辺が発掘調査されたがです。

岩井口遺跡(佐川)

その説明板のある場所から道路を挟んで田畑の中に、こんまい(小さい)森のようになっっちょる場所がありますけんど、ここにゃ地蔵菩薩が鎮座しちょります。

佐川町ウォーキングで健康の輪を広げよう事務局の作成したウォーキングマップの説明には、下記のようにありました。

昔、近くの某所の神社と合祭することになり地元の有志が運んだが非常に重たく、その後部落にも不幸が続いたので元の位置に戻した。
戻す時は軽く、その後は何事もなく平和が続いている。

【 参考・引用 】  斗賀野歴史街道散策コース




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