向山(海蔵寺山) - 昔は渡し船に乗って花見の遊山に行きよった

向山(須崎市)

[ 高知県須崎市  ]


今回は須崎湾内の市街地の対岸の山のお話ながです。

今は地図等で見ても「海蔵寺山」と記されちょりますが、昔は「向山」と呼びよったがです。

最近は聞かんけんど、子供の頃に聞いた「須崎音頭」にも、歌詞の中に「向山」と歌われよりました。

向山(須崎市)

須崎よいとこ海から明けて 花の向山薄化粧
金波銀波の黒潮はるか 一目千両の一目千両の
エー 海景色

須崎音頭より


ここに歌われちゅう「花の向山薄化粧」とは、丁度今頃の時期になると対岸の山に咲き誇る山桜の事を歌った歌詞じゃと思います。

桜のシーズンになると向山に提灯が吊るされ、渡し船に乗って皆ー遊山(お花見)に行きよった、須崎の代表的な桜のスポットじゃったがです。

昔は、もっと山桜が多かった様に思うけんど、やはり人の往来も少のうなって手入れもせんき荒れて来ちゅうがじゃないでしょうかねー。

上の写真の半島の先(右側)には山崎鼻灯台があり(現代もあるけんど)、歩道があってそこまで行けたがです。

多分その道とて荒れ果てちゅうがじゃないかと思われますが・・・・・。

今からでも遅うはないき灯台までの歩道の整備清掃、山の手入れと桜の植樹、渡し船の復活をすれば、立派な観光資源にもなるろーと思いますけんどねー。

向山(須崎市)

因みに昔は向山と言いよった場所が地図上海蔵寺山となっちゅうがは、文保2年(1318)土佐に来て五台山に吸江寺を開いた夢想国師が、後に須崎に来て仏日山海蔵寺(または臨江山海蔵寺)を開いた事から、海蔵寺山とも言うがです。

吸江庵跡 - 坂本龍馬が土佐藩とライフル千丁の交渉を行った場所 2010-10-31

この海蔵寺は津野氏10代津野春高の死後菩提寺じゃったとも言われちょりますが、現在では跡形もなくなっちょります。



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