時光石宮 - 舟入川の工事に関係した神社で野中兼山を祀る

時光石宮(香美市土佐山田町)

[ 高知県香美市土佐山田町中野  ]


香美市土佐山田町を流れる舟入川沿いを自転車で走りよったら、玉垣に時計屋の名がこじゃんと刻まれた神社があったがです。

時光石宮(香美市土佐山田町)

扁額にゃ「時光石宮」とあった。

「時光石(トキコウ石)」と何とも珍しい名前で、ファンタジー小説にでも出てきそうなネーミングじゃけんど、地元の人々は「とっこいしさん」と呼んじょるそうです。

時光石宮(香美市土佐山田町)

拝殿手前右に、「祭神野中兼山先生」と刻まれた石柱が立っちょりました。

「時光石宮」の祭神が如何いて野中兼山じゃろーと思うて調べたら、この神社の始まりは野中兼山の偉業の一つで、万治元年(1658)物部川に造った山田堰から取水した水を高知城下にまで流すために人工的に掘った舟入川の工事に関係しちょりました。

野中兼山は工事の際、日時計のように石を利用して時間を計り、ホラ貝を吹き鳴らして、工事に従事した人夫達に知らせたがじゃそうです。

工事が終わって、日時計のようにした石を御神体「時光石」として、ホラ貝と共に祭り、野中兼山の偉業を讃えたがじゃそうです。

時光石宮(香美市土佐山田町)

境内側の玉垣に郷土史家の橋詰延寿先生の名がありました。

時光石宮(香美市土佐山田町)

因みに、「6月10日は時の記念日」ですが、日本で最初に「漏尅(水時計)」が時の鐘を打ったのがこの日じゃとして大正9年(1920)年(大正9年)に設けられちょります

『日本書紀』 天智天皇十年四月辛卯条(天智天皇10年4月25日=グレゴリオ暦671年6月10日)

置漏尅於新臺 (漏尅を新しき台に置く)
始打候時動鍾鼓 (始めて候時を打ち鐘鼓を動す)
始用漏尅 (始めて漏剋を用いる)
此漏尅者天皇爲皇太子時始親所製造也 (此の漏剋は天皇の皇太子に爲(ましま)す時に、始めて親(みづか)ら製造(つく)りたまふ所なりと
云々 (うんぬん)

【 参考・引用 】
『日本古典文学大系68 日本書紀 下』  岩波書店




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