津野豊後守橘正忠 - 本来なら津野氏第18代姫野々城主じゃった

津野豊後守橘正忠墓(土佐市)

[ 高知県土佐市高岡町 ]


四国霊場第35番札所・清滝寺への車道脇に写真の「津野豊後守橘正忠墓 道標」と書かれた標柱が建っちょりますが急勾配の山道で道幅も狭い場所じゃき、皆さん気が付かれん方の方が多いかと思います。

場所的に下りじゃないと気が付かんのではないかと思いますし、本来の参道を歩かれる方は見る事はないでしょう。

津野豊後守橘正忠墓(土佐市)

津野豊後守橘正忠と言う人は、 津野氏第17代姫野々城主・津野勝興の長男で、本来なら津野氏第18代を継承する筈じゃった人物で、津野親忠の義理の兄になるがです。

津野親忠 - 家督争いに巻込まれ末、元親に幽閉され弟・盛親が殺害 2015-11-02

経緯は、津野勝興の父・津野定勝の時代、戦国の世に勢力を増して行った長宗我部氏に就こうと津野氏の家臣たちは進言するも、津野勝興はこれを拒んだため家臣たちによって追放され、子の津野勝興が後を継ぐも結局、長宗我部元親に降ったため親忠が津野勝興の養子として入り津野氏を継ぐがです。

津野豊後守橘正忠墓(土佐市)

津野豊後守橘正忠が幾ら本家の嫡流と言った 所で親忠が津野氏第18代城主となった以上、津野氏の家を出るしかなく高岡の松尾八幡宮(現・土佐市)の神官・池田氏を頼り、当時無住じゃった清滝寺に居住して余生を過ごしたとか・・・・・。

【 参考・引用 】  『土佐の墓 その三』  山本泰三・著


慶長5年(1600)に亡くなっちょります。

津野神社(土佐市)  

近くには、津野神社も祀られちょります。


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