戸波城跡 - 一条氏家臣・福井玄蕃が城代

戸波城跡(土佐市)

[ 高知県土佐市本村 ]


県道287号線(家俊岩戸真幸線)の岩戸地区の岩戸バス停辺りから見た 戸波城跡ながです。

戸波城跡(土佐市)

そこから西に約1.2Km程行った、下本村公民館の西側の道路の南側に「戸波城跡 」の碑が建っちょります。

知らん人は「戸波城跡 」の碑を見ると、碑の後ろのビニールハウスの先の山を戸波城と思う人も居るようですが、違うがです。

戸波城跡(土佐市)

碑は北向きに建っちょるがでして、つまり碑の後ろから見て右肩の山が 戸波城の詰があった場所ながですき。

戸波城は右方の山頂にあった、古記にいう伊乃保幾、井野吹、井ノ場などの城名は南麓の地名イノホキと涌泉に由来し、なお松風城の伝承もある
往古この辺りを戸波川が流れ城山の周囲は「かまちの沼」という天然の要害であった
創建の故事は詳らかで初め津野内蔵左が居城し、後に一条氏が攻め福井玄番が城代を勤めた
永正十四年津野元実は奪回を謀り、山裏の恵良沼の合戦で討死し全滅した
史料にみえる長尾出雲守正直の在城年代は定かでない
元亀元年吉良左京進親貞は一条軍を追い、長宗我部右兵衛親武が城主となり戸波氏を名乗った
その子右衛門尉親清に至り宗家秦氏の滅亡と共に廃城となる

【 出典・引用 】  碑文より


松ヶ瀬古戦場 - 津野軍・中平元忠と一條氏の安並・出間軍の激戦地 2015-06-08
吉良城址 - 源希義の末裔で清和天皇から続く名門・吉良氏の居城跡 2014-04-28

昔の戸波城は南側を戸波川が流れ、城山の東・南・西側は斜面は崖じゃそうで、北は恵良沼と言う一説には底なし沼と言う、難攻不落の城じゃったそうです。

戸波城跡(土佐市)

写真は、戸波城の西側です。

現在は、河川改修で波介川は城山の北側を流れ、周囲は水田や畑地と変貌しちょりますき、古戦場となった「かまちの沼(恵良沼)」はその姿を留めちょりませんが、ただ、僅かに「かまちの沼(恵良沼)」の痕跡を留めちゅう場所もありますき、後日また掲載します。

戸波城跡(土佐市)


MapFan地図へ
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment