史跡・山田堰遺構 - 香長平野を潤し、舟入川の流れは流通に貢献

山田堰(香美市)

[ 高知県香美市土佐山田町小田島 ]


寛永16年(1639)土佐藩家老・野中兼山が物部川に造った山田堰の遺構で、上流に新しい堰が造られるまでの凡そ340年余り、土佐の香長平野に豊かな水の恵みを潤しちょりました。

現在は、遺構の一部を保存して緑地公園となっちょります。

また、物部川右岸の堤西側には山田堰記念公園が造られ、現在、山田堰遺構は県史跡に指定されちょります。

山田堰(香美市)

山田堰(香美市)

山田堰(香美市)

山田堰 (「県指定史跡)

神母ノ木から小田島にかけて物部川を横断する水取堰である。

古代から北処に取水口を設け、西岸の平野をかんがいしていたが、寛永16年、野中兼山は先人の残した業績をもとに、長さ327メートル、幅11メートル、高さ約1.5メートル、大小の松材四方五千本、大石三千五百平方メートルの堰を築き右岸に上井、中井、舟入川の取水口を設けた。(皆山集による)
野中兼山が最初から最後まで取り組んだ堰であって、試行錯誤の難工事であった。
洪水のたびに補修されてきたが、その骨格は兼山の時代のものであって、この三用水によって香長平野二千ヘクタールをかんがいし、十余万石の米収を得、また舟入川の運輸により、土佐藩の経済に大きく貢献した。
昭和四十七年、上流八百メートルの地点に新しい堰が設けられ、同五十八年、中井取水口裏に「山田堰記念公園」をつくり、取水口の一部を復元し、山田堰の碑を建立した。

【 参考・引用 】  高知県・土佐山田町教育委員会(建・看板より)


山田堰(香美市)

山田堰(香美市)

中井第二水門放水口と説明板の碑


山田堰(香美市)

現在保存されちょる取水口は、中井取水口だけで上井、舟入川取水口はないけんど、特に舟入川取水口からの灌漑用水は物部川流域から浦戸湾に続いちょりましたき、お城下に運ぶ物流の流通手段としても、貢献したがです。 


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