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会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名

西軍墓地(会津若松)

写真は西軍墓所入口正面に建つ、ひときわ大きい「官軍諸道軍監牧野茂敬墓」ながです。

[ 福島県会津若松市大町  ]


■ 牧野茂敬((迅衝隊軍監)
牧野群馬茂敬は後の名で、元は小笠原唯八、名は茂郷。
高知にある墓には「牧野群馬茂郷」と刻まれちょります。
高知城下(現・高知市江ノ口地区)に、土佐藩士・小笠原弥八郎(馬廻格、250石)の嫡男として生まれよります。
一緒に会津で亡くなった小笠原謙吉茂連(迅衝隊第三番隊長)は弟になる。
明治元年8月25日若松で戦死。
40歳。
土佐藩兵と行動を共にし、砲弾の破片を受けて重傷を負い翌日亡くなっちょります。
当初は土佐藩の佐幕派で、間崎哲馬らを取り締まり、元治元年(1864)の野根山屯集事件を鎮圧するべく、藩庁より討伐隊として派遣される。
後に勤皇思想を持つに至る。

野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す 2015-02-20
高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃 2013-08-13

西軍墓地(会津若松)

■ 小笠原謙吉茂連(迅衝隊第三番隊長)
土佐藩士・小笠原弥八郎(馬廻格、250石)の二男として高知城下(現・高知市江ノ口)に生まれ、会津で共に戦い亡くなった軍監・牧野群馬(小笠原唯八)は、実の兄になる。
明治元年8月23日若松で、敵弾を受けて戦死。
29歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 宮崎合助正元(迅衝隊第五番隊長)
土佐藩留守居組。
高知城下、桜馬場の人。
明治元年8月23日若松で傷、29日死。
26歳。

■ 安岡覚之助正美(迅衝隊小軍監)
香美郡山北村(現・香南市)の郷士・安岡文助正理の長男で、土佐勤王党の弾圧が始まると投獄されて終身禁固の処分を受けたがですが、佐々木高行らの藩庁への嘆願により、同志「島村寿之助」と共に釈放され、戊辰の騒乱には土佐藩兵として東征軍小軍監として各地に転戦しちょります。
8月25日若松城で戦死。
34歳。
土佐勤王党171番目の血盟同志。
吉田東洋暗殺犯の一人、安岡嘉助は弟になるがです。

山北両烈士の碑 - 安岡覚之助、嘉助兄弟2008-12-26
安岡嘉助 - 吉田東洋暗殺後脱藩し天誅組の挙兵に参加する 2015-09-18

■ 三原兎弥太正矩(迅衝隊小軍監)
高知城下、雑魚場の人。
明治元年8月23日若松城下で負傷し、25日強清水で死亡。
25歳。
土佐勤王党161番目の血盟同志。

西軍墓地(会津若松)

■ 福岡友次郎孝英(胡蝶隊)
家老・福岡宮内孝成の次男。
高知城下、本町の人。
明治元年8月23日会津滝沢で戦死。
19歳。

福岡宮内 - 坂本龍馬の父・八平が龍馬の江戸修行を願い出る 2012-01-08

■ 真辺哲馬正克(胡蝶隊)
高知城下、永国寺町の人。
明治元年8月23日若松城下で戦死。
19歳。
真辺正精(後の名・のち真辺戒作)の弟。

眞邊戒作墓 - 京都で中岡慎太郎と会い時勢を話す 2013-08-07
真邊戒作 - 戊辰戦争に参戦 2012-01-18

■ 宮崎小三郎品亨(迅衝隊二番隊士)
幡多郡実崎村(現・四万十市)の郷士。
子に召集が来たが、病中のため代わって出征。
明治元年8月23日若松で傷、24日死亡。
53歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 尾崎萬助正勝(迅衝隊二番隊士)
幡多郡蕨岡村(現・四万十市)の郷士。
明治元年8月23日若松で戦死。
19歳。

■ 上田茂太郎大元(迅衝隊二番隊士)
土佐郡小高坂村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日若松で戦死。
31歳。

■ 大石左馬司守正(迅衝隊二番隊士)
土佐郡井口村(現・高知市)の郷士。
明治元年8月23日若松で戦死。
27歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 上田官吉正秋(迅衝隊四番隊士)
高知城下、浦戸町の人。
明治元年8月23日若松城で戦死。
30歳。
土佐勤王党75番目の血盟同志。

■ 弘田俊吉徹明(迅衝隊十一番隊士)
高岡郡押岡村(現・須崎市)の郷士。
明治元年8月23日若松城下で戦死。
42歳。

■ 二宮梶平直道(輜重隊)
土佐郡鴨部村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日会津滝沢で負傷し、その後、死亡。
49歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 大野磯之丞 (迅衝隊)
高知城下、南新町の人。
明治元年8月23日若松で戦死。
38歳。

■ 山本禮吉正則 (鋭衝一番隊)
高知城下、鉄砲町の人。
明治元年8月23日若松で負傷し、25日死亡。
32歳。

■ 島本為太郎輝茂(鋭衝一番隊)
土佐郡鴨部村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日若松で負傷し、24日死亡。
18歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 高橋兵助重明(迅衝隊十三番隊士)
土佐郡江ノ口村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日若松城下で戦死。
20歳。

■ 阿部駒吉洞元(迅衝隊三番隊士)
高知城下、唐人町の人。
明治元年8月27日若松城下越後口で戦死。
30歳。

■ 小島慥介徳明(迅衝隊大砲分隊長)
土佐藩新馬廻。
土佐郡小高坂村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日若松で負傷し、29日北沢駅で死亡。
23歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 岡村進勇(迅衝隊砲隊士)
土佐藩馬廻格。
高知城下、鷹匠町の人。
明治元年8月29日若松城攻撃で、大垣藩持場を応援していて戦死。
24歳(26歳とも)。

■ 八木伊与吉(迅衝隊一番隊士)
土佐藩小姓格。
土佐郡小高坂村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日会津十六橋付近で負傷し、9月1日死亡。
27歳。

■ 森本平馬栄和(迅衝隊五番隊士)
香美郡野地村(現・香美市)の郷士。
明治元年8月29日若松で戦死。
38歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 尾崎猪三次直勝(迅衝隊十五番隊嚮導)
土佐郡江ノ口村(現・高知市)の人。
明治元年8月29日若松で戦死。
19歳。

■ 松田順次郎道利(迅衝隊六番隊士)
香美郡山南村(現・香南市)の庄屋。
明治元年8月29日若松城下で戦死。
28歳。

■ 中村茂藤次(迅衝隊十五番隊嚮導)
吾川郡横浜村(現・高知市)の人。
明治元年8月29日若松城下で負傷し、30日死亡。
43歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 島村謙之助(迅衝隊一番隊士)
高知城下、九反田の人。
明治元年8月29日若松城下で負傷し、9月3日死亡。
33歳。

■ 楠島久萬吾(迅衝隊一番隊士)
高知城下、北新町の人。
明治元年8月29日若松城下で負傷し、9月2日死亡。
19歳。

■ 岡田孫弥重典(迅衝隊十二番隊士)
長岡郡大埇村(現・南国市)の庄屋の三男。
明治元年8月233日若松城搦手で戦死。
20歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 豊島作次郎
近江西大路藩軍に属し、明治元年8月23日若松滝沢口で戦死。
28歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 河野忠之進晴雄(迅衝十四番隊)
土佐郡井口村(現・高知市)の人。
明治元年9月17日会津若松城南で戦死。
18歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 岩原久万吉正恒(折衝七番隊)
高知城下、井口町の人。
明治元年9月17日若松で負傷し、19日死亡。
25歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 岩井猪之助正信 (迅衝七番隊)
高知城下、掛川町の人。
明治元年9月17日若松で戦死。
21歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 金子和三郎正之(迅衝八番隊)
土佐郡小高坂村(現・高知市)の人。
明治元年9月17日若松城南で戦死。
26歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 原 庄九郎幸綱(折衝七番隊)
高知城下、南新町住。
明治元年9月17日会津本郷で戦死。
19歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 池田陽三郎義盁(迅衝四番隊)
土佐郡井口村(現・高知市)の人。
明治元年8月24日若松城で戦死。
18歳。
陽三郎は三兄弟の三男で、長男は白河に眠る池田忠三郎(四番隊士)、次男は天誅組に加わり捕えられ24歳で斬首された土居佐之助ながです。
因みに、三人の母は、平井収二郎・加尾さんの叔母さんになるがです。

池田忠三郎 - 平井収二郎・加尾の従兄弟 2011-04-16
土居佐之助墓 - 平井収二郎・加尾の従兄弟 2010-07-26
池田陽三郎 - 平井収二郎・加尾の従兄弟 2011-04-27
池田糸(以登)墓 - 平井収二郎・加尾の叔母さん 2011-04-09

西軍墓地(会津若松)

■ 上田長三郎茂久(迅衝二番隊)
土佐郡潮江村(現・高知市)の人。
明治元年8月23日若松で戦死。
19歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 梅原伊勢太郎
高岡郡北原村(現・土佐市)の人。
明治元年秋若松で病死。

西軍墓地(会津若松)

■ 門田久太郎
長岡郡西豊永村(現・長岡郡大豊町)の人。
明治元年若松で病死。

西軍墓地(会津若松)

■ 二川為治重寛
明治元年9月若松で負傷し、10月3日死亡。
18歳。

西軍墓地(会津若松)

■ 庫次
本山郷(現・長岡郡本山町)の人。
明治元年8月若松城下で戦死。

西軍墓地(会津若松)

■ 下野国吹上之者一人墓
戦場の雑役等を担うために、土佐藩に従事した、下野国吹上(現・栃木県栃木市吹上町)の人。

西軍墓地(会津若松)

■ 政吉
此の人も、雑役係として従事した、下野芳賀郡市塙村(現・栃木県芳賀郡市貝町市塙)の人。
明治元年秋若松で病死。
39歳。

西軍墓地(会津若松)
■ 安右衛門
雇人足として従事した、岩代岩瀬郡雨田村(現・福島県石川郡)の農夫。
明治元年8月21日(23日とも)若松で戦死。

西軍墓地(会津若松)

■ 沢田庫次
長岡郡本山村(現・長岡郡本山町)出身。
明治元年秋会津で病死。

西軍墓地(会津若松)

■ 恵助
雇人足として従事した、常陸笠間(現・茨城県笠間市)の人。
明治元年8月23日若松(21日母成峠とも)で戦死。

西軍墓地(会津若松)

■ 三蔵
雇人足として従事した、下野那須郡福原(現・栃木県大田原市福原)の農夫。
明治元年9月14日若松で戦死。

西軍墓地(会津若松)

■ 猪助
雇人足として従事した、上州館林(現・群馬県館林市)の人。
明治元年8月23日若松城下で戦死。

西軍墓地(会津若松)

■ 与太郎
年季夫として従事した、長岡郡木能津村(現・長岡郡本山町)の農夫。
明治元年8月23日若松で負傷し、死亡。。
26歳。

【 参考・引用 】  
『定本 志士は今も生きている その墓所をたずねて』 
高知県退職者公務員連盟・発行 (昭和57年)
人名録-土佐藩
迅衝隊 - Wikipedia




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