鳴瀧八幡宮 - 伝承では第65代花山院が京都から勧請したとも言う

鳴瀧八幡宮(須崎市浦ノ内出見)

[ 高知県須崎市浦ノ内出見  ]


場所は浦ノ内湾の北岸、浦ノ内地区の塩間と出目の境目辺りの、高台に鎮座しちょります。

鳴瀧八幡宮(須崎市浦ノ内出見)

鳴瀧八幡宮(須崎市浦ノ内出見)

ちょっと長い石段を上って行くと、拝殿があるがです。

鳴瀧八幡宮(須崎市浦ノ内出見)

鳴瀧八幡宮

浦ノ内地区の総鎮守神である。
祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)。
春日神社須賀、猿田彦の二社をも合祭している。
勧請年代など詳しくわからない。
一説には人皇第65代花山院が京都から勧請したものと伝えられる。
120余りの石段を上った高台にあり・・・・・

【 参考・引用 】  説明板より抜粋


また、『南路志』にゃ下記のように記されちょります。

古花山院京都鳴瀧八幡御勧請


因みに花山天皇(かざんてんのう)は、安和元年(968)から寛弘5年(1008)に実在した平安時代中期の第65代天皇ながですが、土佐じゃこの辺りに流罪されちょったと言う伝承が残っちゅうがでして、この鳴瀧八幡宮は花山院四方擁護の社の一つとも・・・・・。

【 参考・引用 】 
 『土佐伝説全集』 松山秀美・寺石正路 著 昭和23年(1948)


花山院による勧請の真偽は判らんけんど、天正17年(1589)の浦ノ内郷地検帳にゃ、神田ニ町五反と社領地が記されちょり、およそ450年前にゃ鎮座しちょった古い御宮さんながです。

花山天皇 - Wikipedia:

この鳴瀧八幡宮は、旧郷社になり、御祭神の誉田別命とは実在した最初の天皇とされちょります応神天皇(おうじんてんのう)の事で、全国にある「八幡神社」は応神天皇の神霊・八幡神を祀った大分の宇佐神宮が総本社になり、古来から清和源氏など武家から崇敬され全国に広く広まっちょります。

土佐でも、「八幡神社」の事を八幡様とか八幡さんと言って、地域に根付き崇拝されちょります。

鳴瀧八幡宮(須崎市浦ノ内出見)


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