へんろ石 - 28 中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石

新村不動前の中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石
 
[ 高知県室戸市元甲  ]


以前御紹介しちょりますが、行当岬にある新村不動の入口に、このへんろ石は建っちょります。

二百七十一度目為供養 
周防国大島郡椋野村(現・山口県久賀町椋野)
願主 中務茂兵衛義教


新村不動 - 室戸岬の御厨人窟と同様に空海が修行した場所 2015-06-29

新村不動前の中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石

これは句が刻まれた「添句標石」と呼ばれちゅうへんろ石ながでして、中務茂兵衛さん名のへんろ石じゃ、現在37基確認されちょるそうですが、その内の貴重な1基で大正7年9月に建てられちょります。

大正7年9月吉辰

迷ふ身越教へ天通す法の道 (まようみを おしえてとおす ほうのみち)


新村不動前の中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石

神峰寺 六里余
施主 北海道函館區青柳町五區
(現・函館市青柳町の八名の方の名が刻まれちゅう)


因みに函館市青柳町ちゅうのは、函館山ロープウェ―の上り口・山麓駅のある南側周辺ですねー。

新村不動前の中務茂兵衛 「貮百七十一度目」の添句標石

石がきれいですろー・・・・・

実はこのへんろ石、車がぶっつかって破損し、その後に復元されちゅうがです。

昭和六十三年九月九日 
車両激突破損により 
平成三年七月再建立


中務茂兵衛さんは生涯280度の遍路をしちょりますが、その遍路旅の途中の大正11年(1922)2月23日に香川県高松市で78歳の長い遍路の幕を閉じちょりますが、このへんろ石が建てられたのは271度目の遍路旅の途中74歳の時ながですき、この後亡くなるまでの約3年5カ月の間に、四国巡礼を9度も廻っちゅう事になるがです

四国巡礼の全行程約1,460Km(365里)を、74~78歳の高齢にも関わらずで単純計算で一周を約4~5ヶ月で廻った事になるがです。

凄い方です・・・・・。

へんろ石 - 16 中務茂兵衛 「壱百七十四度目」・世良修蔵は従兄弟 2013-06-13


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