須賀神社 - 境内にある 「大谷の樟」は国・天然記念物

須賀神社 (須崎市大谷)

[ 高知県須崎市大谷・須賀神社  ]


野見湾の奥の方、野見の東に大谷と言う地区があり、港から山側に約300m行った場所に野見・大谷の産土神の須賀神社が鎮座しちょります。

その境内に大きな「大谷の樟」と呼ばれる樟(クスノキ)があるがです。

須賀神社 (須崎市大谷)

須賀神社 (須崎市大谷)

大谷の樟

大正13年12月 国・天然記念物に指定
樟の根元の周り約25m、樹高は約25mで、推定樹齢は約2000年といわれ、少なくとも四国最大の巨樹である。
暴風のため大きな基幹の一部は折れたが、今でも大小数本の幹が残り、樹勢は旺盛である。
主幹には空洞があってあり、楠神が祀ってあり、病弱な者も健康になると伝えられて、参拝者が多い。

昭和54年10月5日 須崎市教育委員会

【 参考・引用 】  説明板より


この樟は、背丈はそんなに高いようにゃ思わんけんど幹回りが大きいからかも知れんけんど、四国最大で日本でも10番目程の巨樹じゃそうです。

須賀神社 (須崎市大谷)

説明板にも「主幹には空洞があってあり、楠神が祀ってあり、病弱な者も健康になると伝えられて、参拝者が多い。」とあるように、幹の空洞の中に祠が安置されちょり楠神(句句廼馳神:ククノチガミ)と言う木の守護神と言う精霊ながでして、此処では特に幼い子を失った者が祈願すると、次に生れてくる子は元気な子供に育つと言われちょるそうです。

ククノチ(クグノチとも)は、日本神話に登場する木の神である。
『古事記』では久久能智神、『日本書紀』では句句廼馳と表記する。
神産みにおいて、イザナギ・イザナミの間に産まれた神である。
『古事記』においてはその次に山の神大山津見神(オオヤマツミ)、野の神鹿屋野比売(カヤノヒメ)が産まれている。
『日本書紀』の本文では山・川・海の次に「木の精ククノチ」として産まれており、その次に草の精・野の精の草野姫(カヤノヒメ)が産まれている。
第六の一書では「木の神たちを句句廼馳という」と記述され、木の神々の総称となっている。
神名の「クク」は、茎と同根で木が真っ直に立ち伸びる様を形容する言葉とも、木木(キキ・キギ)が転じてクク・クグになったものともいう。
「ノ」は助詞の「の」、「チ」はカグツチなどと同じく神霊を意味する接尾詞であるので、「ククノチ」は「茎の神」「木の神」という意味になる。

【 参考・引用 】  ククノチ - Wikipedia


須賀神社 (須崎市大谷)

須賀神社 (須崎市大谷)

由緒

須賀神社、もと牛頭天王と称せしが、明治元年現社名に改む
祭神 建速須佐之男命
古来より大谷・野見の産土神
往昔津野氏の勧請と伝えられるが其年譜不詳
神田永代寄進
領主津野氏は民生の基本に神祇を敬ひ祭祀を斎くしむ
宝永4年の地震津波に依り社殿流出、其後、野見湾内赤崎に毎夜燈明有るを知り、小浦浜口家先祖、野見福留家先祖、其所に御神体有るを知り相謀りて○を迎え現地に再建す
毎年秋の大祭に赤崎の浜より砂を取り来りて奉納するは、此由縁になり・・・・・

【 参考・引用 】  碑文より一部抜粋


社殿が流出した宝永4年の地震津波ちゅうのは、前々回に御紹介した蟹ヶ池の記事に書いた宝永大地震(亥の大変)の事ながです。

蟹ヶ池 - 池の主は畳四畳半も六畳もある大きな蟹じゃとか・・・・  2015-09-02

御祭神の建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと・たてはやすさのおのみこと)ちゅうのはスサノオ(スサノオノミコト:素戔男尊、素戔嗚尊等)の事で、牛頭(ごず)天王・須佐之男命を祭神とする祇園信仰の神社ながです。

また現社名「須賀神社」の由来は、スサノオが八岐大蛇を退治してクシナダヒメを妻とした後、出雲国須賀に至って「吾此地に来て、我が御心すがすがし」と言ってそこに宮を作ったことに由来するがじゃそうです。

【 参考・引用 】  須賀神社 - Wikipedia:


それにしても、上記の須賀神社 - Wikipediaにゃ、全国的に見て「須賀神社」は 島根県と高知県に特に多い。とある。

以前、このブログの何処かで書いた記憶があるけんど、当方も「多い」と思うちょりますが、何でじゃろーねー?・・・・・。

それに此処らは、白鳳の大地震で沈んだ「黒田郡」の一部と言う伝承の地でもありますき。

ロマン・白鳳大地震で沈んだ黒田郡は見つかるか - 土佐湾調査始まる  2014-03-07


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