蟹ヶ池 - 池の主は畳四畳半も六畳もある大きな蟹じゃとか・・・・

蟹ヶ池(土佐市宇佐)

[ 高知県土佐市宇佐町竜  ]


四国霊場第36番札所・青龍寺の参道脇に、蟹ヶ池と呼ばれ湿地がある。

現在は水面面積もこんもうに(小さく)なっちょりますが、昭和40年頃までは東西約150m、南北に約80m程もある池じゃったそうです。

この池にゃ名前の如く、蟹伝説が残っちょります。

龍の池(蟹が池物語)

青龍寺の東に大きな池があり蓮が生え繁っていた。
この池は昔、青龍寺が出来た時に、八人の天女が天降り一夜に掘ったという。
七葉(七枚)掘った時夜が明けたので、後一葉が残ったと伝えられ、この池の名を七葉の池とも云う。

この池には昔から色々の怪奇な伝説がある。
昔一人の老婆が洗濯に行ったまま行方が分らなくなり、部落総出で探しまわったが、とうとう探し出すことが出来なかった。

ところが数日の後、この老婆が全身を十個に切られて池の隣の田に無惨な死体となって横たわっていた。
それでその田を今に十田と言っている。

またある時二人連れの武士が狩猟に来て、この池で鴨を撃った。
その一人が止めるのもきかず裸になって池に入っていったがそのまま帰らなかった。
何でもこの池の主は畳四畳半も六畳もある大きな蟹で、色々な奇怪な話が伝わっており、蟹が池の名もある。
また一説には10メートルくらいもある大鯰であるという説もあった。

【 参考・引用 】  民話・地名の由来 | 土佐市:


蟹ヶ池(土佐市宇佐)

土佐市天然記念物  蟹ヶ池

当地は「ベッコウトンボ及びその生息地」で昭和57年5月28日、土佐市天然記念物に指定したが、その後の生息状況調査では、次第に減少を続け、保護に取り組んだにもかかわらず数年後には生息が確認されなくなり、当該指定は適当状況となった。

しかし、湿地が減少し、その希少性が高まりつつある状況下で、蟹ヶ池は県下でも最大級の面積を持ち、サクラダテ等、希少価値を有する湿地生物や生息するトンボの種類も多いので、湿地そのものを指定し、保護することとした。

平成9年11月10日 土佐市教育委員会

【 参考・引用 】  説明板より


と、一部の人にゃ伝承と自然環境で知られちょりましたが、現在、特に別の意味で一躍注目されるようになっちょります。

江戸時代の宝永4年10月4日(1707)に発生した南海トラフを震源とする巨大地震として知られちゅう宝永の大地震(亥の大変)を記録した奥宮正明による著書『谷陵記』には下記のようにある。

竜、亡所、青龍寺客殿斗残、蟹ヶ池海二没ス


津波が押し寄せ、一度、池は海との境が無くなるほど浸水したと言うような事じゃと思います。

実はこの蟹ヶ池は、大昔は海じゃった場所でその後の海退期に池として残った場所じゃそうで、TVや新聞でも報道されたき御存じの方も多いと思うけんど、平成23年(2011)高知大学の岡村眞教授らが,蟹ヶ池に堆積した地層を調査した所、厚さ50cmに及ぶ津波によると見られる痕跡を見つけたがです。

独立行政法人海洋研究開発機構:津波堆積物からわかる巨大南海地震の歴史
科学2月特集A_岡村ほか.indd - Kagaku_2012.pdf:

その調査によると、この蟹ヶ池にゃ過去2000年間に6回の津波の痕跡があったそうながです。

表面上は、トンボや水生植物が生い茂り、冬季にゃ渡り鳥も飛来する自然が残るいけじゃけんど、その奥深くにゃ大津波による地震の化石(痕跡)を残しちゅう場所ながです。

因みに、『谷陵記』に「海に没した」とある、宝永の大地震(亥の大変)の時の津波は、此処では約10mに達したそうながです。

この時のマグニチュードは8.6 - 9クラスと推定されるそうで、因みに東日本大震災はマグニチュード9.0を記録しちょります。

そうすると次に起こるであろう南海トラフ大地震はM10クラスともいわれちょりますが、マグニチュードが1増えると地震のエネルギーは32倍になりますき、津波の高さは????・・・・・

近年、南海トラフ巨大地震による津波の想定と言うのが発表されちょりますが、それを見ても津波の想定高さは想像出来んと言うのが現実です・・・・・。

津波の怖さは高さも恐怖になるけんど、津波の押し寄せる場所の地形により、被害は異なりますき。


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