神峯寺 - 四国霊場第二十七番札所

第27番札所・神峯寺

[ 高知県安芸郡安田町唐浜 ]


以前、御紹介の第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」の続きじゃけんど、駐車場からさらに急な九十九折れの坂道を上ると山門に到着。

第27番札所・神峯寺

第27番札所・神峯寺への上り「へんろ道」 2015-08-11

第27番札所・神峯寺

参考に、駐車場傍にあった地図を一部加工しちょります。


山門からは本坊に続く道は、平坦になっちょり、途中の左側にあるトイレの傍にゃ、写真の烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)が建っちょります。

第27番札所・神峯寺

第27番札所・神峯寺

烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)

この明王は、この世のすべてを清め、悪を食い尽くし、特に厠(便所)を守護してくださいます。

説明板より


古来より、便所は不浄な場所なため「悪霊などの出入口」と考えられちょったそうで、烏枢沙摩明王の炎の功徳によって、不浄を清めると信仰されちょります。

つまり「トイレの神様」ながです。

第27番札所・神峯寺

左が本坊、右の鐘楼の後ろにや、病気平癒に霊験あらたかじゃとの言い伝えが残っちゅう、土佐の名水「神峯の水」と言う霊水が湧いちょります。

第27番札所・神峯寺

其処から本堂までは、更に150段余りの石段を上って行くがです。

第27番札所・神峯寺

石段を大方上ると、不動明王像が待っちょります。

一般に「お不動さん」として親しまれちゅうのが、この不動明王の事で、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれちょります。

怖い顔をしちょりますがお不動さんは、大日如来の使者とも言われ、悩みの原因である無明(まよい)を断ち切ってくれ、真心が通じたら一願は成就するとさえ言われちゅう、有難い不動尊ながです。

第27番札所・神峯寺

第27番札所・神峯寺

寺伝によれば神功皇后が朝鮮半島進出の戦勝を祈願し天照大神を祀ったのが起源とされ、天平2年(730年)に聖武天皇の勅を受けて行基が十一面観世音菩薩を刻み、本尊として合祀し開創したという。
その後大同4年(809年)に空海(弘法大師)が堂宇を建立し、観音寺と号したといわれる。

幕末、三菱財閥創始者岩崎弥太郎の母は弥太郎の開運を祈願して現在の安芸市より片道20キロメートルの道のりを素足で三七日(21日間)通い続けた逸話がある。

明治初年の神仏分離令によって廃寺となり、本尊は金剛頂寺に渡されたが、明治20年(1887年)に茨城県の竹林山地蔵院の寺格を移して再興され、昭和に入って神峯寺と称するようになった。

【 参考・引用 】  神峯寺 - Wikipedia:


第27番札所・神峯寺

本堂から見た、石段下の本坊(右)と鐘楼(左)。

第27番札所・神峯寺

本堂から大師堂に続く道を、振り返って見た本堂。

第27番札所・神峯寺

大師堂は、近年に建てられたようです。


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