「安政大地震」と「南海地震」の津波汐位碑 - 宇佐の真覚寺

真覚寺の津波汐位碑

[ 高知県土佐市宇佐町・真覚寺 ]


つい2日前の7月13日未明の02時56分、 大分県南部を震源とする最大震度5強(マグニチュード5.7)の地震があり震源に近い西部の宿毛市で震度4、中部の高知市内でも震度3の揺れがあったがです。

近い将来に南海トラフで発生する確率が大きゅうになっちゅう巨大地震の恐怖もありますき、さぞビックリした人も多かったですろー。

今回は、震源が日向灘や土佐湾沖じゃなかったき安堵したけんど、特に海岸部に住んじゅう住民にゃ、地震と言うたらすぐ津波を連想しますき、規模の大きな地震が起こると余計です・・・・・。

地震繋がりで、今回は「津波汐位碑」を記載しちょきます。

場所は、以前にもご紹介した『真覚寺日記』で有名な宇佐の真覚寺さん。

真覚寺 - 安政の大地震の記録を綴った『真覚寺日記』で有名 2014-10-17

『真覚寺日記』ちゅうのは真覚寺の静照さんが安政の大地震の様子を後世に伝えようと書き始めたがが始まりで、其の後当時の生活や幕末の国内外の事なども含めて『地震日記』・『晴雨日記』」という表題で綴った全14巻からなる記録で、まとめて『真覚寺日記』と言われちょります。

その日記を書き始める切っ掛けになった安政の大地震の時の津波が、ここまで押し寄せたと言う「津波汐位碑」が、本堂前庭に建てられちょります。

真覚寺の津波汐位碑

(表)安政元年(1854)の南海大地震津波 汐位
(横)本堂の前より庫裏へ廻わる 静照地震日記による秀典


真覚寺の津波汐位碑

また、安政の大地震津波から92年後の昭和21年(1946)に発生した南海大地震の津波も此処まで押し寄せたようで、その時の「津波汐位碑」も、真覚寺入口の門脇に建てられちょります。

(表)昭和21年(1946) 南海大地震津波の汐位
(横)運搬船ここに横付け


現在でも、海岸線から此処まで約250m海抜6-7mにある真覚寺まで津波が押し寄せた事を記録しちょります。


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