有井城 - 土佐南朝方・有井又三郎居城

有井城(安芸市伊尾木)

[ 高知県安芸市伊尾木  ]


土佐の南北朝時代、南朝方の武将としてこの地を治めちょった有井又三郎の居城があるのが、伊尾木洞の入口のある東側の丘陵地帯ながです。

伊尾木洞 - シダ群落は国指定天然記念物 2015-06-01

有井城と言い、別名・元尾城と言う。

日本歴史地名大系『高知県の地名』に、西明寺をはじめ金剛頂寺の住職を兼帯した浄宝筆と言われる『西明寺』文書(年不詳)に、後醍醐天皇に忠誠を尽くした南朝方の武将・楠木正成に関する記述があるそうです。

楠木正成が摂津・河内の寺社造営のため昆陽寺庄の半分東方を西明寺に寄進する代りに、材木の多い安芸庄を得ようとした。

その在地支配に関して文書には「代官職にて知行すべき」とあるそうで、楠木正成がその代官職に付かせたのが、土佐南朝方の武将じゃった有井又三郎だったのではないかと言う見解もあると記されちょります。

【 参考・引用 】  日本歴史地名大系『高知県の地名』 平凡社


有井城(安芸市伊尾木)

有井城の麓にある伊尾木洞入口にゃ、「南朝中臣有井又三郎記念碑」が建っちょります。

詳しい事は判らんけんど、延元4年(南朝年号)/暦応2年(北朝年号)の1339年12月有井又三郎は南朝方として大高坂の合戦で戦かっちょります。

有井城(安芸市伊尾木)

碑の裏面にゃ、明治から昭和期にかけて活躍した郷土史家・寺石正路先生の詠んだ歌が刻まれちょります。

土佐は北朝方が勝利した後の戦国時代は安芸氏が治め伊尾木権左衛門の居城となったようじゃけんど、永禄12年(1569)安芸氏を長宗我部元親が滅ぼすと香宗我部美濃が城主となったそうながです。


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