ドレー機不時着の地 - フランス人飛行家、東京~パリ飛行中に不時着

ドレー機不時着の地(春野・戸原海岸)
 
[ 高知県高知市春野町東諸木  ]


桂浜から宇佐の方に海岸線を東西に走る黒潮ライン(通称・桂浜花街道)の東諸木と長浜の境辺り、山側のちょっと奥まった場所に「ドレー機不時着の地」と言う碑が建っちょります。

ドレー機不時着の地(春野・戸原海岸)

ドレー機不時着の地

1937(昭和12年)東京 パリ間 百時間懸賞飛行に挑戦したフランス人飛行家マルセル・ドレー氏 フランソワ・ミケレッチ氏の飛行機は 幾多の困難に会いながらも上海を飛び立ち東京へ向け最後の飛行を続けていた
ところが 悪い天候のため視界が悪く 燃料も切れ5月26日夕方 戸原海岸に不時着機体は大破した
負傷した両氏を近くの人たちは すぐさま救助し手厚い看護をした
その後二人は健康を回復し帰国した
飛行機の発達史に残る二人の飛行家の勇気と戸原地区の人々はじめ関係した多くの人々の温かい行為を讃え貴重な史実として永遠に残すものである

平成2年3月25日
春野町教育委員会建之

【 参考・引用 】   碑文より



二人が乗っていた飛行機は、コードロン・シムーン(Caudron Simoun)と言う、1930年代のフランスの単葉ツーリング機ながです。

因みに、あの『星の王子さま』の作者で飛行家でもあったアントワーヌ・ド・サン・テグジュぺリも、1935年にパリ-サイゴン間の懸賞飛行の記録にドレー機と同型のシムーンで挑戦しちょりますが、彼も飛行途中にアフリカのリビアの砂漠に不時着し九死に一生を得ちょります。

このコードロン・シムーン(Caudron Simoun)のコードロンは製造者の名じゃけんど、「シムーン」とは、”サハラ砂漠に吹く熱風”の意味じゃそうです。

ドレー機もサン・テグジュぺリの機体も、土佐の高知とリビア砂漠で共に不時着を余儀なくし、飛行記録を達成する事は出来んかったと言う結果に終わっちょりますが、ただこの機体は小旅行機としては高い評価を受けちょったと言われちょります。

ドレー機不時着の地(春野・戸原海岸)

写真は、碑のある前辺りから西方向を撮っちょりますが、戸原海岸ちゅうのは、ここより西の甲殿辺りまでの約3Km程の海岸線ながです。

今では砂浜の浸食防止のための消波ブロックが乱立しよりますが、昔はもっと沖合まで砂浜が広がり綺麗な海岸線が広がっちょたろーと思われます。


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