永野玄亮 - 坂本龍馬の懐刀、海援隊士・長岡謙吉の祖父

永野玄亮墓

[ 高知県南国市比江 ]


【 墓碑 】
姓源氏、五世の祖・神左衛門は中村の一條公に仕えたが、その子税助は禄を辞して興津に住した。
税助の孫の五左衛門は高知城下に出た。
玄亮は五左衛門の子で高知に生れ、医を学び怠らず励み永野元春の家をついだ。
京師に数度遊学し業を終えて帰り医業に務め、誤診することがなく冠者が多く来診に集った。
また余暇に詩を賦した。
長子玄貢が父の跡をつぎ、二子玄泉は今井秀誠の養子となり、のち孝純と称した

不詳男数百拜併書

【 参考・引用 】    『土佐の墓』 山本泰三・著


永野玄亮墓

墓碑にあるように、永野玄亮の二男の玄泉が今井家の養子となって今井孝純と名乗ちょるがでして、その子が海援隊士じゃった長岡謙吉になるがです。

今井孝純 - 坂本龍馬の盟友である海援隊士・長岡謙吉の父 2013-11-29

長岡謙吉も祖父や父と同じように家業の医師を継ぐため、幼少期にゃ河田小龍に蘭学を学び、安政6年(1859)長崎で医学を学ぶけんど、藩からキリスト教に傾倒したがじゃないかと疑われて帰国を命じられ、長岡郡鹿児村への蟄居を命じられるがですが、罪を許された後に脱藩して再び長崎に出て、出会ったがが坂本龍馬で海援隊に加わるがです。

長岡謙吉顕彰碑 - 龍馬の右腕として海援隊を支えた一人 2013-10-11


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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