圓龍寺の芭蕉の句碑 - 元は廃仏毀釈で廃寺となった大善寺にあった

圓龍寺の句碑(須崎)

[  |高知県須崎市東古市町  ]


須崎郵便局の西隣に浄土真宗本願寺派の圓龍寺と言うお寺があるがですが、その入り口脇に3つの句碑が建っちょります。

圓龍寺の句碑(須崎)

真ん中にある句碑が説明板にある「芭蕉の句碑」で、天保11年(1840)に建てられちゅうがです。

この「芭蕉の句碑」は、元は大善寺と言うお寺にあった物ながです。

大善寺址(須崎)

上の写真が大善寺址

明治の廃仏毀釈の影響を受け廃寺になっちょり、現在は寺跡が残っちょり周囲は墓地になっちょりまして、須崎で大善寺言うたら、墓地を指す通り名になっちょりますが、昔は大きな寺院じゃったがです。

須崎八幡宮の別当寺真言宗の和州長谷寺小池坊の末寺で八幡明星院大善寺と号し、江戸時代末には未17ヶ寺を擁する大寺院であったが、明治4年(1872)廃寺となり跡地は墓地となった。

天正16年(1588)津野洲崎地検帳でも、現東古市町の地に大善寺の寺中が記されている。

しかし宝永4年(1707)の津波で寺は流出し、現在の地に移った。

天正16年(1588)の津野多郷地検帳・津野洲崎地検帳・津野下分甲地検帳には計6町1反余の寺領・担地があり、山内氏jからも寺領6石余りと山林1ヶ所を寄進されていた。

出典は『南路誌』

【 参考・引用 】  『日本歴史地名大系40 高知県の地名』 平凡社(1983) 


和州長谷寺は弘法大師が開いたと伝わる寺じゃったがでして、現・奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派総本山の長谷寺の事ながです。

その後、大善寺は再興され、西町にある四国八十八箇所霊場番外札所高野山真言宗の寺院「大善寺」がそうながでして、地元じゃ「お大師さん」として親しまれちよります。

話は「芭蕉の句碑」に戻って、何でも天保年間の大善寺の庭に「臥龍梅」と言う梅の名木があって、その梅の木に町内の俳人達が「翁塚」と言う句碑を建てたがじゃそうですが、明治27年に現在の圓龍寺に移されちょります。


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