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長尾省吾行直 - 土佐勤王党に103番目に加盟

長尾省吾行直墓

[ 高知県南国市下島 ]


長尾行直は文政12年(1829)に生れ、名を省吾直行と言い、後に行直と改名しちょります。

土佐勤王党にゃ103番目に血盟加盟しちょります。

文久2年(1862)に勅使・三条実美が江戸へ下る際、土佐藩主・山内豊範がこれを護衛することになるがですが、この時、山内容堂の警護部隊として自発的に組織された五十人組八番組・伍長じゃった千屋金策の隊に加わっちょります。

長尾省吾行直墓

戊辰の東征にも従軍し、その戦功により徒士格に昇進しちょります。

墓碑にゃ「長尾辰太之弟依軍功被召出分家成祖」とある。

明治維新後は各地の里正職(戸長)を歴任しちょりますが、安芸郡井ノ口村に赴任した時、土地の水利問題で指揮に従わなかった地元民といざこざになり、職を辞して帰った明治9年(1876)9月25日に、抗議の切腹をしちょります。

享年48歳。

何があったか定かじゃないけんど、余程腹立たしい仕打ちを受けたがでしょうか・・・・・。

長尾省吾行直墓

ここも無縁墓じゃろーか、探し当てた時は雑草に覆われちょりました。

【 参考・引用 】   『土佐の墓』 山本泰三・著 土佐史談会 (昭和62年)




[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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