鯨碆 - 昔、捕鯨で栄えた町に残る「鯨」の名

鯨碆 -室戸市
[ 室戸中学校の前より]

[  高知県室戸市浮津三番町付近  ]


昨年、室戸に行くのに地図を見よったら「鯨碆(くじらばえ)」と言う名があったもんですき、ちっくと寄ってみたが。

此処は、昔、近海で採れた鯨を、干潮の時に解体しよった場所のようです。

捕鯨をしよったと言う名残の地名ながです。

坂本龍馬に西洋事情を説いた河田小龍も、室戸に来て捕鯨の絵を描いちょります。

王子宮 - 古式捕鯨「津呂組」の栄えた地の産土神 2014-10-01

日本人に取って古くから肉と言えば、おもに鳥肉か鯨じゃった。

豚や牛肉は食べんかった。

特に、鯨は貴重なタンパク源じゃったがですき。

オンちゃんらーも、子供の頃は肉と言ったら鳥肉か鯨肉じゃし、すき焼きの中の肉言うたら鯨じゃった。

実際、須崎の市場では鯨の解体も見たし、鯨を見る食べる行為は普通じゃった。

土佐に限った事じゃないがよ。

調べてみいや、日本全国に鯨に関する地名を・・・・・。


今日、鯨は頭がエエきにとか、哺乳類じゃき可哀そうだとかいう思想から、世界中反捕鯨に走っちょるけんど、鯨を食べる食文化の無い民族が食べる民族に対する、弾圧に等しい。

例えば、イスラム教の人々は豚食禁止じゃし、. ヒンドゥ教の人々は神聖な牛は食べん。

もしも、これらの人々が声を大にして「反豚食」、「反牛食」を唱えだし、世界中に「反対」の渦が湧き広がったら、それこそ新たな反捕鯨と同じような揉め事の火種と化するかも。

食べない人たちにすれば、今や牛や豚は「家畜」じゃきエエと言う理屈は通らんし、そもそも牛や豚も鯨と同じ「哺乳類」じゃないが・・・・・。

彼らは、単に他の民族の食文化に干渉しないから、「反豚食」、「反牛食」に異議を唱える輪が広がらんだけ。

日本が、開国を余儀なくされるようになって行った大きな要因の一つに、ペリー艦隊が日本に来た事があるけんど、そもそも始まりの目的は「開国」をつき付けるために来たのじゃない。

当時、アメリカやヨーロッパは産業革命の真っただ中。

彼らはただ単に「鯨油」を取るのが目的で、自分たちの沿岸で取れなくなった鯨を追って遠く日本近海まで来るようになり、そのために長期航海の食料や水が必要じゃったき、太平洋の何処かに補給拠点が必要となり、偶々立ち寄った場所が鎖国の日本じゃった。

日本からしたら運悪くと言うか、彼らはこれ幸いと西洋人を恐れた幕府や公家たちを脅し、日本と条約を締結することになっただけながよ。

彼らの行為こそ、鯨はただ「油」を取るだけの乱獲じゃったが・・・・・。


戦後、日本もある時期から鯨肉よりも豚や牛を多く食べるようになった。

別に、日本人が鯨肉が嫌いになったがじゃない。

これも、結果的には外交圧力で安い輸入の豚肉や牛肉を買わなくちゃいけなくなり、日本国内に流通しだしたからじゃろー。

その最たる輸出先は何処でしょうかねー。

その国々が、反捕鯨の旗振り役も担ちゅうがですきねー。

まっこと、言葉にならん。


当然、「鯨」も生き物じゃし、「豚」も「牛」も「鳥」も生き物。

そもそも「家畜」と言うレッテルを貼って食用じゃきエエと正当化しているのは人間であって、本来は野生だろうが家畜だろうが生き物には変わりない。

「世の中の、生きとし生けるものは、是全て生き物以外にあらず」

別に、鯨で議論するつもりはないけんど、言い争いをする前にちょっと考えてみいや。

鯨を採り食べる行為を野蛮と非難するのは、相手の民俗や風習・歴史を理解しないだけぜよ。

捕鯨をしゆう諸外国を含め、乱獲をしゆう訳じゃない。

鯨の捕獲量の制限だけを決めればエエだけの事じゃないですかねー。

日本人にとって、捕鯨は文化じゃたがですよ。

そうじゃなきゃー、家畜と言えども世界中で毎日何万・何十万と屠殺され食用にされる、牛や豚や鳥などの魂は浮ばれんろー・・・・・。

と、個人的にゃ思いますがねー。

鯨碆 -室戸市
[ 第26番札所金剛頂寺から]

この室戸市の中道寺と言うお寺にゃ、、高さ60cm程の大きな「鯨の大位牌」があり、人間と同じように手厚く鯨の霊を祀っちょります。

また第26番札所金剛頂寺にゃ、「八千頭鯨供養碑」と言った供養塔もあります。

室戸は「鯨」と共に歩んで来た「捕鯨の町」じゃったがです。


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