紀貫之歌碑 - 承平5年(935)1月11日昼頃羽根崎沖を通過

紀貫之歌碑 - 羽根崎

[  高知県室戸市羽根町乙  ]


室戸市から高知市の方に国道55号線を走り、羽根岬を回り少し行った辺りに小さな広場とトイレのある休憩場があるがですが、その一角にこの碑が建っちょり、歌碑には「まことにて名に聞く所 羽根ならば 飛ぶがごとくに 都へもがな」と刻まれちょります。

傍の説明板には、下記のようにある。

羽根崎と紀貫之歌碑

羽根崎は室戸阿南国定公園の西入口で、小室戸崎と呼ばれ大小の岩礁が美しく磯釣り場でもある。

古くは、紀貫之が土佐日記に承平5年(935)1月10日奈半の泊りに泊し、一行は11日昼頃羽根崎を過ぎる。

幼童の羽根という名を聞いて

─ まことにて名に聞く所 羽根ならば 飛ぶがごとくに 都へもがな ─

と詠まれている。

昭和34年に地元の十兵衛会により建てられた。

室戸市教育委員会


 『土佐日記』より、関連場所を。

十一日。

暁に船を出だして、室津を追ふ。

人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。

ただ月をみてぞ、西東をば知りける。

かかる間に、みな、夜明けて、手洗ひ、例のことどもして、昼になりぬ。

今し、羽根といふ所に来ぬ。

わかき童、この所の名を聞きて、 「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある。」と言ふ。

まだをさなき童の言なれば、人々笑ふときに、ありける女童なむ、この歌をよめる。

まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都にもがなとぞ言へる。

男も女も、いかでとく京へもがなと思ふ心あれば、この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず。

この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。

今日はまして、母の悲しがらるることは。

下りしときの人の数足らねば、古歌に「数は足らでぞ帰るべらなる」ということを思ひ出でて、人のよめる世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかなと言ひつつなむ。

【 参考・引用 】 『土佐日記』




MapFan地図へ
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment