梅香の井戸 - 室津泊りの時、紀貫之が命名したと伝わる

梅香の井戸・室津港

[  高知県室戸市室戸市室津  ]


現在の室戸港(昔の室津港とされちゅう)の東端に、「梅香の井戸 (まいごの井戸)」と呼ばれ、紀貫之所縁と伝わっちゅう井戸があるがです。

説明板にゃ、下記のように書かれちょります。

梅香の井戸 (まいごの井戸)

土佐日記を著した、紀貫之朝臣は土佐国司の任を終え、承平4年(934)12月27日、土佐国府(現・南国市)を立ち、帰郷(京の都)の途についた。

暴風雨を避ける為に、翌1月12日より風待ち日が10日間に及んだことが「土佐日記」(むろつの泊り)の項に伺える。

日記中には、貫之朝臣、舟泊の地は沼沢地にして、浄水これなかりしため、、この井戸辺に至り、「あかつきにいささか雨ふる。しばしありてやみぬ。男女かれこれゆあみせんとて、あたりのよろしきところにおりてゆく・・・」とある。

当時この井戸は、附近住民唯一の飲料水として利用されていた。

また、この井戸には老梅が生茂っており、これを紀貫之朝臣は「梅香の井戸」と命名したと、今に伝えられている。

「まいご」は梅香が転化したものと思われる。


この「土佐日記」に書かれちゅう「室津の泊」とは、此処の事じゃろーかと、ちっくと疑問を感じちょるがです。

と言うのも、写真を撮った時は、実際に室戸岬から此処室戸港まで歩いて見ちょりますが、この室戸港の東、直線距離で約2km程の所にある室戸岬港(昔の津呂港)にも「紀貫之泊舟所碑(後日記事をUPします)」があるがよ。

どっちが、紀貫之が舟泊りした”むろ津”ながじゃろーかと・・・・・???

それに説明板にゃ「土佐日記中には、貫之朝臣、舟泊の地は沼沢地にして・・・」とあるけんど、海岸ぶちで沼沢地と言うたら川の傍(河口)のイメージを思い浮かぶよねー。

昔と今じゃ地形的に変わっちょると思うけんど、現在の地図で見てみると、室戸港(昔の室津港)のすぐ西側にゃ室津川の河口があり、室戸岬港(昔の津呂港)のすぐ西側にも小まい川が流れ込んじょるがです。

「土佐日記」の室津泊りの項の1月17日に「・・・・・くもれる雲なくなりて、あかつき月夜いとおもしろければ舟を出だして漕ぎゆく。・・・・・かくいふ間に夜やうやく明けゆくに楫取ら、黒き雲にはかに出で来ぬ。風吹きぬべし。御舟かえしてむといひて、舟かへる。・・・・・」とある。

一度は出港したようじゃけんど、途中で雲が出て来てまた天気が荒れそうになって来たき、舟は元の津(港)に戻ったとあるがです。

兎に角、どちらかに舟を泊めちょった事にゃ変わりはないけんど、肝心の「むろつ(室津)」が室戸港(昔の室津港)なのか、室戸岬港(昔の津呂港)なのかと言う部分では、調べてみても「謎」のようです。


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2 Comments

菅原しずか さんへ">

菅原しずか さんへ  

Re: タイトルなし

菅原しずか さんへ">

土佐はエエですろー。
また来いや。

2015/06/22 (Mon) 21:34 | 菅原しずか さんへさん">REPLY |   

菅原しずか  

こんばんはです♪
足跡からお邪魔しました。

な、なんですと!
この近くに宿泊したのに!!
悔し過ぎる(T_T)
またいずれ訪問ということで。
情報ありがとうございます(^^)

2015/06/22 (Mon) 18:05 | EDIT | REPLY |   

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