吉井勇の歌碑 - 祖父や父の知る坂本龍馬の土佐で隠棲生活を送る

吉井勇の歌碑 - 室戸岬・最御岬寺

[ 高知県室戸市室戸岬町・最御岬寺 ]


四国霊場第二十四番札所・最御崎寺の仁王門を出た築地塀沿いに、この歌碑が建っちょります。

吉井勇の歌碑 - 室戸岬・最御岬寺

石柱にゃ「吉井勇先生 東寺歌碑」と刻まれちょります。

御存じの方も多いと思うけんど、間接的に坂本龍馬と関わりがある・・・・・。

吉井勇の祖父は薩摩藩士・吉井友実(幸輔)ながです。

慶応2年1月23日(1866) 伏見寺田屋で幕府伏見奉行の捕り方が龍馬を捕縛しようと密かに取囲んだのを、風呂場でお龍さんが気付き、裸のまま裏階段を2階へ駆け上がり危機を知らせた事で有名な「寺田屋騒動」が起こるが。

此の時、龍馬は高杉晋作からもらった拳銃で応戦するけんど、拳銃を持つ手を負傷し何とか脱出するけんど傷は深く、知らせを受けた西郷隆盛が吉井幸輔を伏見に救援に差し向け、助けられた龍馬は薩摩藩邸で手当てを受けるがです。

しかし其のまま京に居るのは危ないととして、西郷隆盛の計らいで、お龍さんを連れて薩摩に逃れるがです。

此の時、「日本で最初の新婚旅行」とも言われる霧島旅行に同行案内したがが、当時10歳じゃった吉井勇の父・吉井幸蔵ながです。

吉井幸蔵・勇 - 父・ 吉井幸蔵は坂本龍馬とお龍の霧島旅行に同行 2013-06-21
山内容堂・西郷南州会見の地 - 四侯会議に向けて 2011-07-05
吉井勇 - 父・幸蔵は龍馬とお龍さんの鹿児島旅行に同行 2009-12-28

吉井勇も、間接的ながら父・吉井幸蔵から坂本龍馬の話を聞いちょりますき、父と龍馬の思い出話を『「或日の龍馬』として残しちょります。

吉井勇の歌碑 - 室戸岬・最御岬寺

昭和8年(1933)最初の妻・徳子(歌人・柳原白蓮の兄である伯爵・柳原義光の次女)が「不良華族事件」の中心人物じゃった事が発覚し離婚した後、様ような事情から失意のうちに東京を離れ土佐(高知県香美郡の山里)に隠棲(俗世間を逃れて静かに住む事)するがです。

不良華族事件 - Wikipedia:

土佐へは、父や祖父が知る龍馬や土佐への何がしかの想いがあったがでしょうねー

土佐では約4年隠棲生活をしちょりますが、室戸岬の最御岬寺へもこの時期に訪れ詠んだ歌が歌碑に刻まれちょります。

「空海を たのみまいらす 心もて はるばる 土佐の国へ 来にけり」

因みに、最初の妻じゃった徳子の叔母になる歌人・柳原白蓮は、NHK連続テレビ小説「花子とアン」で仲間由紀恵が演じた伯爵家令嬢・葉山蓮子のモデルになった人ながです・・・・・。

柳原白蓮 - Wikipedia


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