昭和九年海嘯襲来地點の碑 - 海から「海嘯」と言う恐怖が襲って来た

昭和九年海嘯襲来地點の碑

[ 高知県室戸市室戸岬町 ]


四国霊場第24番札所・最御崎寺から室戸スカイラインを下り、第25番札所・津照寺に向かってバス道(遍路道)を 歩きよったら、数か所に「昭和九年海嘯襲来地點(点)」と刻まれた石碑が建つっちょりました。

写真は3枚しか掲載しちょりませんが、確認したのは4ヶ所あった(探いたらまだ他にもあるかも知れませんが・・・・・) 。

室戸岬町の東の方から山田邸東隅(上の写真)。

その山田邸と言うがは、昭和25年に昭和天皇が室戸に行幸された際に御泊りになられた御宅で、庭園にゃ昭和天皇が詠まれた歌碑もあるそうながです。

ただ、一般公開はしちょりません。

昭和九年海嘯襲来地點の碑

2ケ所目は、王子宮の鳥居脇。

3ケ所目は、写真(ボケボケで・・・(^^ゞ )はないですけんど、津呂港西隅道路脇にある。

昭和九年海嘯襲来地點の碑

4ケ所目は、室戸郵便局官舎近くの三叉路にありました。

余り聞き慣れん言葉じゃけんど、「海がほえる(うなる)」と言うような意味ながです。

じゃー「海嘯(かいしょう)襲来って何?」、「どんな怪物が襲って来たが?」と思った人もおるろー・・・・・。

実は「海嘯」とは、「河口に入る潮波が垂直壁となって河を逆流する現象」の事を言い、潮津波とも言う呼び方もある。

潮の干満によって起こる自然現象として有名なアマゾン川の「ポロロッカ」や、中国銭塘江「銭塘江潮」などがそうなが。

また別の意味では、昔は津波なども「海嘯」と言ったそうながです。

ただ、この室戸岬町に建つ「昭和九年海嘯襲来」と言うのは、上記2例とは違う恐怖が海から襲って来っちょります。

じゃー、昭和9年に室戸に何が起こったか?

その恐怖とは「室戸台風による高潮」じゃったがです。

昭和9年(1934)9月21日午前5時、室戸台風が奈半利町と羽根村の境付近に上陸し、5時10分には低気圧の世界記録である911.6ミリバール、瞬間風速65mを記録した。

雨量も室戸岬町茶畑では総雨量684ミリを記録し、羽根村から室戸岬町には高潮が襲来し大被害を受けた。

高知県下の被害は死者81人、負傷者399人、行方不明34人、家屋の全壊1,815棟、半壊2,353棟、床上浸水3,711棟等であった。

県下では羽根村の被害が最も大きく、死者18人、負傷者49人、住家の全壊103戸、半壊95戸等に及んだ。

昭和9年の室戸台風 | 四国災害アーカイブス:


昭和9年(1934)9月21日午前5時、台風が奈半利町に上陸し、その後東北進した。

室戸で観測した最低気圧は684ミリ、最大瞬間風速65m、最大風速45で、後日室戸台風と名付けられた。

県下では安芸郡の被害が最も激甚であった。

被害の最大原因は高潮で、高潮の高さは須崎港で4m、吉良川で6~7m、室戸付近で12~13mに達した。

10月5日現在の県下の被害は、死者94人、行方不明28人、負傷者508人、全壊851世帯、半壊1,997世帯、流失346世帯、床上浸水934世帯、床下浸水1,757世帯に及んだ。

昭和9年の室戸台風 | 四国災害アーカイブス:


昭和9年頃は、勿論TVはなく、差し迫る台風の情報を得るのはラジオのみ。

ましてや気象衛星も無い時代じゃき、今みたいに台風の正確な位置や進路予想も皆目判らんかった。

それにその台風がどれだけの勢力かも判らん状態で、その高潮と言う怪物はこの室戸付近で12~13mにも達し、人々を恐怖に陥れたがです。

この石碑は、高波が「此処まで来た!」と言う証ながです。


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