「弘法大師杖の跡」と言われた清水・御大師井戸 - 弘法大師伝説

御大師井戸・建碑の由来の碑

[ 高知県高知市高須本町 ]


土佐電鉄の沿線沿いを大津方面に行きよった際、途中、介良通り電停傍にコンビニにがあったき、喉の渇きを癒すため飲料を買い求め外に出てふと見ると、コンビニ駐車スペースの道路側西隅に黒い板状のような物が目に止まったき、チックと近寄って見てみると写真のような碑じゃったがあった。

建碑の由来

此の清水は「弘法大師杖の跡」と言われ、弘法大師の念力によって湧き出た霊水として古くから人馬の飲料のみならず、諸病、特に眼病にも効能ありと言い伝えられている。

宝永年間の編纂と言われる官撰地誌、土州郡誌にも「清泉高須山東辺擧村汲之」と記されている。

此の度、この奇跡の水の復活を望む声が高まり「御大師井戸」として、霊験あらたかな清水に再び巡り逢う事が出来た。

・・・・・ 昭和62年9月吉日 ・・・・・


ただ、この碑文にゃ清水が復活したように書かれちょるけんど、周囲にゃそれらしい物はなかった・・・・・。

家に戻って、少しずつ集めた資料を捲りよったら、橋詰延寿先生の書かれた『庄屋井戸』に、関連した事がチックと書かれちょりました。

・・・・・この付近は昔は水が不自由であった。

困っている時、お大師様がお通りになった。

土地のものが水に困っている事を訴えると、杖で地面を突かれた。

すると不思議、そこから清水がこんこんと湧き出た。

それから「お大師井戸」と名前がついたと言う。

その後、お大師井戸は、電車軌道がしかれ、国道ができるようになって半かいになった。

そこでその水を引いたのが○○さんの家である。

夏は涼しく、冬はあたたかい清水がいくらでも出る。

道行く人も、馬もみなここでお大師井戸の水を飲んでいった。

ところが水道ができ、車の往来が頻繁になったので、○○さんも塀がこいをして往来と遮断し、「お大師井戸」もつぶしてしまった。

「 -ところが大変です。その後ロクなことがございません。泥棒にはいられて二十万円も盗られるし、 大阪へ行った時も十万円もすられるしひどいめにあいました。それで、私がお大師様さまに、井戸を作りなおしますと約束しました。それからは幸いによいことがつづきます。男の子もおかげさまで大学にはいりましたし、娘の子も高校入学ができました。商売もまあまあ都合よくいっています。それで今年中にどうしても井戸を作りなおします。」という話でる。

・・・・・やがてお大師井戸が復旧することだろう。

【 参考・引用 】  『庄屋井戸』 橋詰延寿・著 昭和38年(1963)非売品


また別の書籍にゃ「建碑の由来」の碑の他に、大きな岩の石碑の写真が載っちょり、下記のように記されちょります。

・・・・・高さが二メートル五十センチ、幅一メートル・・・・・。

碑の中央には「御大師井戸」と刻まれ、その右に「南無大師遍照金剛」、左には「弘法の恵も深き 清水かな」とありました。

【 参考・引用 】  『土佐の神仏案内』  市原麟一郎・著 平成13年(2001)


今は、その大きな岩の「御大師井戸」と刻まれた石碑はないがです。

経緯は判らんけんど、平成13年(2001)にあったものが、僅か10年そこそこ過ぎた今日、「建碑の由来」の碑だけ残して無くなっちょると言うのは如何にも解せんけんどねー・・・・・。

御大師井 - 弘法大師伝説 2011-11-29


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