奥宮正樹 - 土佐での伊能忠敬の測量に随行

奥宮正樹墓

[ 高知県高知市布師田 ]


奥宮正樹の長男は幕末期に志士たちにも影響を与えた陽明学者・漢学者じゃった奥宮慥斎。

奥宮慥斎 - 門人たちに尊王の大義を鼓吹する 2012-02-29

二男は、題額が勝海舟の書体で碑文に坂本龍馬の名前も刻まれちゅう廣井磐之助の墓の碑文や、その他多くの墓碑・記念碑に名を残しちゅう奥宮正路ながです。

奥宮正樹は、寛永6年(1853)に75歳でみてちょります。

奥宮 禮(暁峰・正路) - 多くの墓碑や記念碑の撰文に名を残す 2013-06-02

この人は、藩の下役で文化5年に(1808)に幕府測量使・伊能忠敬が土佐に来た時、普請方・宮崎岳助と共に甲浦(現・安芸郡東洋町)から伊予・宇和島に出るまで、約1ヶ月余り随行して測量の世話をした。

「奥宮正樹日記」には、この時の藩史、測量隊がどんなに映じたか等を、書き残している。

『皆山集』

【 参考・引用 】  『土佐の墓』 山本泰三・著 土佐史談会


伊能忠敬が土佐に来たがは文化5年(1808)第6次測量の時で、年齢は64歳じゃったそうながです。

高知城下では、現・はりまや町の土佐橋北詰(元・土佐銀行のあった辺り)にあつた旅籠屋・辰巳伝三郎方で三日間滞在したそうながです。

この時、高知城下じゃ、宝永町の辺りで測量をしちょるし、香南市赤岡にも、測量記念碑がある。

伊能忠敬経度観測記念碑 2008-03-22


[ 注意! ]
■ 山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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