自由の松原 - 立志社の会合や密談が行われた場所

自由の松原

[ 高知県高知市十津 ]


かって、ここに城下の豪商・川崎源右衛門の別荘があったと。

明治6年(1873)板垣退助は征韓論に敗れて明治新政府の職を辞して野に下り土佐で自由民権を唱える契機となるがですが、川崎源右衛門とは親しい間柄だったそうで、人里離れたこの地で立志社の会合や密談が行われた場所じゃそうです。

板垣死すとも、自由は死せず - 板垣退助誕生地 2008-12-17

その後、ここにあった川崎源右衛門の別荘で、板垣退助と谷干城が日本の政治の在り方について大激論を交わしたことで、この地を「自由の松原」と呼ぶようになったがじゃそうです。

谷干城の墓 - 薩長藩閥とも距離を置き、土佐派の重鎮として 2011-12-26

写真の左側は、現在埋め立てられちょりますが、昔は綺麗な松原があったそうですが、当時の面影を残す物は、バス停に残る「自由の松原」の名前だけになっちょります。

【 参考・引用 】  『高知市歴史散歩』 広谷喜十郎・著




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