征清凱旋記念碑 - 坂本龍馬に関わる二人の人物の名が刻まれる

征清凱旋記念碑

[ 高知県南国市岡豊町・岡豊山  ]


この「征清凱旋記念碑」と言うのは、明治28年(1895)に建てられた日清戦争に出兵した岡豊出身の兵士たちを褒め讃えた碑ながよ。

碑文の内容、今回は書きませんが・・・。

ただ、あえて今回この記念碑の事を取り上げたがは、石碑に坂本龍馬に関わる2人の名前が刻まれちょるがです。

征清凱旋記念碑

その名前とは、撰文は「坂崎斌」、篆額(題字)を「石田英吉」と刻まれちょります。

坂崎斌(さかざき さかん)は本名じゃきピンとこんかも知れんけんど、坂本龍馬の伝記本『汗血千里駒』を書いた「坂崎紫瀾(さかざき しらん)」と言うた方が判るろーねー。

旧岩崎邸庭園 - 「龍馬伝」で坂崎紫瀾が岩崎弥太郎に取材をする場所 2014-03-24
坂崎紫瀾邸跡 - 「汗血千里駒」で蘇った龍馬  2011-03-21

坂崎紫瀾自身も、明治27年(1894)に、ジャーナリスト と し て当時の朝鮮・京城に渡り、日清戦争の最初の主要な陸戦だったとされちょります牙山の戦いを見て来ちょりますき、そうした経緯でこの碑の撰文を書いたがじゃないろーか・・・。

また「石田英吉」は、龍馬ファンにゃ言わずとも判ると思うけんど、坂本龍馬と共に「亀山社中」や「海援隊」の結成にも参加し、長岡謙吉にととも「二吉」と賞される逸材で、龍馬を支えた人じゃねー。

お龍君枝姉妹像 - 芸西村は妹・君江の嫁ぎ先、千屋寅之助の故郷 2013-08-23
小松孫四郎 - 撰文は坂本龍馬の盟友で海援隊士・石田英吉 2013-02-08

征清凱旋記念碑

この碑の篆額(題字)を「石田英吉」が書いたのは、碑の建った明治28年(1895)当時、「高知県知事」を務めちょったからじゃと思われますき・・・。

征清凱旋記念碑


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