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大江正路 - 剣術は坂本龍馬も通った日根野道場に学ぶ

大江正路墓

[ 高知県高知市小石木町・筆山 ]


大江正路と言う人は、土佐藩において長谷川流、英信流、長谷川英信流、無雙直傳流、無雙神傳流などとも呼ばれていた英信流を無双直伝英信流に統一し、あわせて業の形の統一を図り、明治の世になって藩外不出だった英信流を全国に広く伝え、英信流の現代居合道の礎を築いた無双直伝英信流正統宗家(谷村派)第17代宗家ながです。

剣術は坂本龍馬も通っちょった日根野弁治に師事したと言われちょりますき、龍馬の後輩になるがです。

ただ後輩言うても龍馬は天保6年(1836)生まれ、大江正路は嘉永5年(1852)で龍馬より16歳下になりますき接点はないがですが・・・。

日根野道場跡 - 14歳から剣術修行 2010-01-11

居合術の方は、英信流下村派(無双神伝英信流)を修行し、その後、もう一方の分派である谷村派(無双直伝英信流)を第16代五藤正亮に師事しこれを修行したそうながです。

無双直伝英信流ちゅうがは、江戸時代に長谷川英信が開いた武術の流派で土佐および信州で継承されたそうながですが、現在では土佐にだけしか残っちゃーせんがじゃと。

土佐藩では「御留流」として藩内に広まり継承され、かの土佐藩第15代藩主・山内豊信(容堂)や板垣退助も英信流を修行したがです。

因みに以前御紹介しちょります谷村亀之丞自雄は15代目ながでして、山内豊信(容堂)の居合師匠格を勤めた人ながです。

谷村亀之丞自雄 - 長谷川英信流十五代目 2011-08-21|
山内容堂・西郷南州会見の地 - 四侯会議に向けて 2011-07-05
板垣退助墓 - 、初代・乾正信から続く墓所に眠る 2011-10-09

【 参考・引用 】

大江正路 - Wikipedia
無双直伝英信流 - Wikipedia


大江正路は嘉永5年(1852)土佐郡旭村中須賀(現・高知市)に生まれ、幼にして武道を志し、日根野弁治に剣を学んじょります。

のち藩校文武館で武芸を学び、15歳にして軍大鼓導役になり、数年を経ずして剣道下役導役を命じられちょります。

戊辰の役にも参戦し功をなしちょり、また堺事件の処理をした土佐藩士の一人とも言われちょります。

「東の中山博道・西の大江正路」とか、同じ土佐の「無外流の川崎善三郎」と共に明治から大正にかけて名剣士と言われちょります。

明治・大正・昭和と英信流居合の普及に務め、現在の居合道の祖と称えられちょります。

昭和2年病気のため、72歳で没しちょります。

【 参考・引用 】 『高知県人名事典』 高知新聞社


大江正路顕彰碑

五台山・鹿の段の上の紅葉の段にゃ、昭和61年に「大江正路先生」と刻まれた顕彰碑が建てられちょります。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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