袂石 - 坂本龍馬最後の帰国、近くに震天丸を係留する

袂石
[ 高知県高知市御畳瀬 ]


この海中からひょっこり顔を出しちゅう小岩が「袂石(たもといし)」ながです。

遠くから見たら雪を頂いた富士山のように見えるけんど、実はこりゃー「カワウ」の糞害によるがですき・・・。

伝承によるとこの袂石は「昔、鬼が袂に入れて来てここに置いたがじゃと。その石が次第に大きゅうになって今の姿になっちゅうと言う、成長する不思議な石じゃ。」と伝わっちょります。

普通、鬼言うたら虎柄のパンツを履いて金棒を持っちゅうイメージじゃけんど、此処の鬼は袂に石を入れちょったと言う事は着物を着ちょった事になるねー。

この「袂石」と言えば、坂本龍馬に話は繋がる。

袂石

慶応3年9月(1867)長崎から芸州藩の震天丸(帆船じゃのうて汽船)に新式のライフル千丁を乗せ、坂本龍馬は土佐の浦戸湾に戻んて来るがですが、その時に震天丸を係留した場所がこの袂石の傍じゃったそうながです。

そいて、坂本龍馬は戸田雅楽や中島作太郎らと小船に乗り換え写真の対岸・種崎の中城家に入り、土佐藩との交渉の段取りが付くまで秘かに滞在するがです。

この袂石から、種崎の中城家までの距離は約0.7km。

袂石

そんで、土佐藩との接触に成功して土佐藩参政・渡辺弥久馬や本山只一郎らと交渉を行った場所の一つが五台山の麓にある吸江寺ながです。

吸江寺までは、此処からだと直線距離で約4.5km。

写真じゃと、大畑山の麓にある高知市環境事業公社(清掃工場)の煙突の後ろの山が五台山で、方向的には丁度、煙突の背後辺りになるがです。

龍馬の時代にゃ、此処から吸江寺は見えっちょったろーねー。

もう一つついでに、写真の袂石の上に緑色の海上浮上標識が在り、その左に「クルス」と記入しちょりますが、其の辺りはクルスと呼ばれる浅瀬が広がっちょるがです。

クルスの意味は、そのまんま「十字架」じゃけんど、その場所は長宗我部元親にも関わるがです。

慶長元年(1596)8月に、イスパ二ア(スペイン)船・サン・フェリぺ号が座礁・大破した場所で、「クルス」と言う浅瀬の名前は、その事件に由来するようながです。


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