松尾神社 - 大高坂城主「松王丸」が訛って「松尾神社」となったとも・・・

松尾神社

[ 高知県高知市神田 ]


最初、この神社を探すのに周辺を何べんもウロウロしたが・・・。

と言うのも、どうせ37号線沿いに面して鳥居でもあるろうき探すのは苦もないろーと思い行ったがですが、鳥居も神社も無い。

何度か行きつ戻りつして探したら、住宅と住宅の狭い路地奥に鳥居が見え、行って見るとやっと見つけた次第ながでした。

此処「松尾神社」は、京都市西京区にあるお酒の神さんとして有名な「松尾神社」と同様に、「酒造りの神さん」として崇められちょりますが、由緒等は不明ながです。

松尾神社

高知市の松尾神社は『神社明細帳』によると、「古来ヨリ有之社也」とあるだけで、由来がはっきりしないが、かなり古くから存在していたようだ。
江戸時代には何回か修復されているが、享和元年(1801)に、高知城下町の酒造家たちが銀一貫三百匁を集めて、この神社を再建した時の棟札が残っている。
これにより、城下の酒造家たちが篤く信仰していたことがわかる。
なお江戸時代には、藩内で百八十一軒の酒造座株が認められ、城下町で百一軒が認められていた。

【 参考・引用 】 『高知市歴史散歩』 広谷喜十郎・著

坂本龍馬の本家・才谷屋も、質商・諸品売買などの他に酒造業もしよったがですき、修復の際にゃ関わっちょるがですねー。

松尾神社

松尾神社

拝殿内にゃ、絵馬が数点飾られちょりますが、『高知市歴史散歩』 広谷喜十郎・著によると、「絵馬の中には藤原光繁画の酒仕込図の大絵馬など三点あるが・・・」と記載されちょります。

写真に写っちゅう絵馬がそうじゃないかと、思いますが・・・。

松尾神社

拝殿前にゃ、「奉寄進 上下町家杜氏中」と刻まれた手水鉢があるがです。


話は、此処から山内一豊が土佐に入国してからの高知城ではなく、南北朝時代以前から大高坂城(現・高知城の事)があり、その城主は初代が大高坂長門守、二代目は大高坂遠江房と言うがですが、三代目が北朝方との決戦で破れた大高坂松王丸ながです。

その三代目・大高坂松王丸と松尾神社にゃ関わりがあると、昭和10年の『土佐国古城略史』と言う本にゃ記述されちょるがです。

大高坂城

・・・三代松王丸墓は土佐郡神田村八枚橋の南、芳野路の右傍田間に在る。
一小龕これ也。
後世松王丸を訛て松尾神社と云ふ。
八枚橋は今の三ノ瀬橋也。・・・

『土佐国古城略史』 宮地森城・著


「後世松王丸」を訛(なまっ)て松尾神社と云ふ。」とある。

何時頃からか判らんけんど、読みが「まつおう」→「まつお」と変じて「松尾」となったと言う事ながです。

と言う事は、此処は元「三代・大高坂松王丸」の墓じゃったと言う事になり、その後、墓所が現在の高知市役所地内に移ったと言うがです。

現在・高知市役所前にある「大高坂松王丸」の記念碑の裏面にゃ、「・・・第二次大戦終結前まで市役所構内に大公孫樹あり、その樹下に小祠があって松王丸の墓なりという口碑あり、昭和の世正四位を贈られたのを機会にその傍らに大高坂神社が建てられたが戦災で焼失し後久万の松熊神社内に遷座した。・・・」とも記されちょります。

「南北朝」所縁の地 - 大高坂松王丸の記念碑 2009-08-20 


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