今井孝純 - 坂本龍馬の盟友である海援隊士・長岡謙吉の父

今井孝純墓

[ 高知県高知市北高見 ]


今井孝純は、坂本龍馬の海援隊に参加して事務方を任され、慶応3年(1867)龍馬と後藤象二郎が京都へ上洛する土佐藩の帆船「夕顔丸」に乗船した際、坂本龍馬の大政奉還後の構想『船中八策』を書きまとめた長岡謙吉のお父ちゃんながです。

写真は歴史写真家・前田秀徳氏に連れて行ってもろうた時に撮影したがですが、左から母・今井 直さん、真ん中が父・今井孝純、右が祖父・今井秀誠の墓ながです。

この写真にゃ、坂本龍馬と長岡謙吉が親戚関係であると言う証拠が、刻み残されちょります。

それは祖父である今井秀誠墓に「配 北代氏」とあるろー、つまり奥さんは「北代氏」の出だと言う事ながですが、坂本龍馬の母・幸さんが亡くなって父・八平直足さんの後妻になった人が北代平助さんの娘・北代伊興さんじゃねー。

つまり伊興さんの父・北代平助さんと、今井秀誠さんの妻は兄弟になるがです。

系図



墓に興味が無いとか言う人も居るけんど、「墓石が語る歴史の証拠」が此処にゃちゃんと残っちゅうがですよ・・・。

今井孝純は、比江村(現・南国市)の医師・永野玄龍の二男に生まれ、野市(現・香南市)の郷士・今井秀誠の養子となり、浦戸町(現・高知市)に出て養父の跡を継ぎ開業、天保15年(1844)上下三人扶持御用人格となる。

文学を好み、茶の湯などの心得のある風流温雅な医者であった。

【 引用・参考 】 『土佐の墓』 山本泰三・著




[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment