服部東蔵の父の墓 - 服部東蔵は土佐勤王党に166番目に加盟

服部要五郎墓

[ 高知県高知市山手町・丹中山高知市歴史墓地公園 ]


高知市歴史墓地公園・丹中山の坂本家墓所の隣に、服部要五郎と言う人の墓があり、墓碑にゃ安政四年(1857)行年27歳と刻まれちょりますが、随分と早く亡くなられちょります。

歴史写真家・前田秀徳氏のお話では、土佐勤王党に166番目に血盟した服部東蔵の父になる人じゃそうです。

服部東蔵と服部要五郎に付いては、よう分からんがですが、実は服部東蔵は土佐勤王党に177番目に血盟しちゅう島村左伝次の実弟になるがです。

昔は、嫡子以外の殆どの人は、分家もしくは養子になって義父の家を継いで来ちょりますが、服部東蔵も同様に服部要五郎の養子になった人じゃと言う事ですねー。

例えば、坂本龍馬の父・八平直足さんも山本覚右衛門の次男じゃし、田内菜園の養子になった田内衛吉も武市瑞山の弟じゃしねー・・・。

服部東蔵は香美郡下島村(現・南国市)の郷士・島村関蔵雅足の子として生まれちょります。

この服部東蔵の実家・島村家も分家ながですが、本家にゃ島村寿之助、分家にゃ寿之助の姉の長男・島村外内や二男の島村衛吉らがおるがですが、皆ー、土佐勤王党員です。

ついでに本家を継いだ島村寿之助の兄・源次郎の長女が、武市瑞山の妻・富さんじゃし、武市瑞山の姉・美多の子が、これまた土佐勤王党員の小笠原保馬ながです。

関連記事

  



0 Comments

Leave a comment