金刀比羅大権現 - やっぱり、ここも長い石段じゃった

金刀比羅大権現 - いの町

[ 高知県吾川郡いの町枝川・琴平山 ]


高知市の朝倉神社の西約1.7kmの場所になるがですが、市境を越えた所に琴平山と言う山が在り、山頂に金刀比羅大権現が鎮座しちょります。

ここまで自転車で登って来たがですが、この地点で標高が約70m。

金刀比羅大権現 - いの町

此処からは、トンネルのようになった樹木の間を、自然石を積み重ねた石段が山頂まで続いちょります。

金刀比羅大権現 - いの町

汗をかきかき約300段程の石段を登って来たら、最後にゃ一段の段差自体が高すぎる数段の石段があり、上り詰めると両脇に、これまた灯篭に見立てた(だと思うがですが)、ざまーな自然石が積み重ねられちょります。

この地点が頂上で標高が約120m。

金刀比羅大権現 - いの町

拝殿

金刀比羅大権現 - いの町

蛙股(板状のままの場合は板蛙股と言い、くりぬいて透かせている場合は本蛙股と言う)

由緒等は判らんけんど、主祭神は大物主神で、相殿に崇徳天皇が祀られちょります

因みに余談じゃけんど、金毘羅大権現ちゅうたら本来は「インド仏教の神さん」じゃけんど、明治の廃仏毀釈によって神道の神社になった時点で「大物主神と崇徳天皇」にすり替えられちょるがです。

「総本山・金刀比羅宮」の説明にも「金毘羅大権現の本地仏として祀られていた本尊十一面観音像は信仰の対象から外された・・・」と書かれちょるがですき、御祭神が変わっちょると言う事は金毘羅大権現は居らんと言う訳じゃき「海上交通の守り神」として信仰すると言うのも、また奇異に思うがですがねー。

【 参考・引用 】 金刀比羅宮 - Wikipedia


梅原猛の著書『神殺しの日本』でも明治維新の廃仏毀釈について、「・・・この従来の日本を支配した神仏を完全に否定することは、近代日本をつくるために必要欠くべからざることと思われたからである。福沢諭吉のような啓蒙思想家などもこの神々の殺害を手助けしていたことは否定できない。」と書いちょりますが、まさに廃仏毀釈は「神殺し」じゃと思うちょります。

神仏を崇めんと言う事の延長線上に、人々が神仏を崇め恐れてきた部分を崩壊させ、道徳心が欠如しつつある社会に創り変えて来た事につながると思うがですが・・・。

まあ、明治政府の行った廃仏毀釈は、文化財の破壊や文化財の国外への流出と言う意味も含めて、日本国民に対する「大罪」ですろー。

ただ、文化財の保存と言う観点からだけ見ると、皮肉にも国外に流出した美術品が諸々の美術館等で手厚く保護管理されていると言う事実もある訳ですよねー。

金刀比羅大権現 - いの町

金刀比羅大権現 - いの町

本殿のある山頂の西側にゃ、迫出すようにコンクリート造りの展望台があるけんど、残念ながら周囲の大木がじゃまで広範囲にゃ見えんがですが、何とか木木の間より伊野から枝川方面の山が見えちょりました。


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