浦戸城址 - 長宗我部元親の本城

浦戸城址

[ 高知県高知市浦戸 ]


浦戸城址は、古くより城砦があったとされ、本格的には戦国時代に朝倉城主・本山梅慶によって砦が築かれたと考えられちょりますが、その後、長宗我部元親との戦いに敗れ、浦戸も長宗我部の支城になるがです。

天正16年(1588)長宗我部元親は本城の岡豊城から大高坂城(現・高知城)に移るがですが、大高坂周辺は洪水が頻発したため、大高坂を諦め浦戸城へ移って来ちょります。

そいて此処を本城と決め、本丸・二の丸・三の丸・出丸で構成され3層の天守が設けられる大規模な城を築き、丘陵北部の浦戸湾岸に城下町を築いたがです。

一時はここら周辺が土佐の都じゃったけんど、関ヶ原の戦いで破れた長宗我部氏に代わって土佐に入国した山内一豊が本城とするが、慶長8年(1603)大高坂城を整備改築した高知城に入城すると、浦戸城は廃城となり土佐の中心も高知城下へと移って行ったがです。

【 参考・引用 】 浦戸城 - Wikipedia



浦戸城址
昔の浦戸城下側から見た浦戸城

浦戸城址

東三ノ段下辺りかな?

浦戸城址

東三ノ下曲輪辺り(横山黄木の碑のある辺り)

浦戸城址

東三曲輪辺り

浦戸城址

桂浜西側の長浜海岸側から見た浦戸城で、坂本龍馬記念館がある辺りが詰ノ段(本丸)

浦戸城址

詰ノ段(坂本龍馬記念館の裏の海側)

浦戸城址

「坂本龍馬記念館」自体の建設には異論はないけんど、説明板に「土佐の城郭史上貴重な遺構」と書いちょきながら、此処に態々「坂本龍馬記念館」を建る神経が分からんがですき・・・。(笑)

浦戸城址

詰ノ段にある井戸

浦戸城址

詰ノ段から見た長浜海岸側

浦戸城址

詰ノ段、国民宿舎桂浜荘の傍にある浦戸城址の碑

浦戸城址

浦戸城址

天守台の一部の石垣

浦戸城址

浦戸城址

浦戸城天主跡


「桂浜」・「坂本龍馬記念館」を目当てに来る観光客の皆さんへ

此処は、長宗我部元親に関わる史跡の場所でもあることを知って欲しいし、「坂本龍馬記念館」の周辺に残る「浦戸城址」の遺構も見て欲しいねー。

「此処は、龍馬だけの場所にあらず」


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