高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃

高知藩留学候補生墓

[ 東京都港区芝大門・安養院 ]


以前、坂本龍馬の海援隊で文官として活躍した長岡健吉の墓を御紹介した安養院の奥の方の片隅に、ひっそりと4基の土佐人の墓がある。

此処に眠る4人の土佐人たちは、これも前々回の記事で御紹介しちょります真辺正精(真辺戒作)らーが、明治3年(1870)にイギリス留学した事と間接的ながら、関わりのある人らーながです。

と言うのは、当初、真辺正精(真辺戒作)と、此処に眠る写真右の墓石から、谷神之助、川上友八、小笠原彦弥、小島捨蔵の4人がイギリスに留学する事が決まっちょたがです。

事件が起きたのは明治3年正月4日の夜のこと・・・。

谷神之助、川上友八、小笠原彦弥、小島捨蔵の4人は、島原遊郭(現・中央区新富)に遊びに行って、事件の詳しい委細は判らんけんど、酒に酔った勢いで同地を警備しよった金沢藩士と衝突して、数名を殺傷したがじゃそうです。

その為、4人は無念の涙を呑んで、東京藩邸(土佐藩邸)で自刃を命じられたがです。

谷神之助墓

谷神之助は、谷秦山の兄・弥太郎重正六世の孫で、自由民権運動の中心となった政治団体・立志社副社長にもなった谷重喜の弟ながです。

因みに弟の谷乙猪は、谷秦山の子孫になる谷干城の養子になった人です。

由緒ある土佐の大神朝臣姓を名乗る「谷一族」の一人ですき、谷垣守や谷眞潮らの眠る高知市中秦泉寺の谷墓地にも、遺髪墓なのか分骨墓か判らんけんど、表に「大神芳叢墓」裏に「谷神之助」と刻まれた墓石がある。

川上友八墓

川上友八は、土佐藩の佐幕守旧派の野中太内が中心となって、慶応3年(1867)後藤象二郎や乾退助らがすすめる公議政体論および武力討幕運動に強く反対し、その弾劾を藩主に訴え出た三十人組の一人で、三十三名が署名し建白書を藩主に奉じたことから「連署組」とも称される。

坂本龍馬関係文書/三十三人連署 - Wikisource

小笠原彦弥墓

小笠原彦弥は、会津戦争の際、会津城下で戦死した大総督府軍監・牧野軍馬(小笠原唯八)の弟。

小笠原唯八は、土佐勤皇党の間崎哲馬らを取り締まり、元治元年(1864年)7月には清岡道之助らによる「野根山屯集事件」を鎮圧する等、当初は佐幕派に属したが、後藤象二郎と共に薩摩藩との折衝に当たったことから次第に勤皇的思想を持つに至った人でもある。

小笠原唯八 - Wikipedia

小島捨蔵墓

小島捨蔵は、戊辰戦争東征軍・迅衝隊第二番隊長を勤めた人。


この事件がなけりゃー、4人は留学から帰って来たら明るい展望が開けたかも知れんかったのに・・・。

そいて新たに人選されたがが馬場辰猪、国澤新九郎、深尾貝作、松井正水の4人ながです。

彼らは土佐藩の留学生としてイギリスに渡り、帰国後は、明るい未来が約束されちょったと思うけんど、彼らも、それぞれに運命が待っちょりました。

馬場辰猪は、留学で言論思想の自由、「公議輿論」の重要さを学び、帰国後、最も急進的で国粋的な『國友会』を組織した人物。

明治18年(1885)横浜の商店で「ダイナマイトは売っているか」と尋ねたため、密偵に発見され検挙され、爆発物取締罰則違反に問われて、大石正巳と共に逮捕される。

翌年6月、公判で無罪判決を受けた後、アメリカに亡命し、病苦と貧苦の中、明治21年(1888)肺結核のためフィラデルフィアのペンシルヴァニア大学病院で死去。

享年38歳。

馬場辰猪 - Wikipedia


国澤新九郎は、藩命で法律学・政治学を学ぶために留学したけんど、肖像画家ジョン・エドガー・ウィリアムズ(John Edgar Williams)に師事して洋画を学んじゅう。

国沢新九郎生誕地 - 土佐藩船「夕顔丸」の艦長 2010-05-22

帰国後は、私塾彰技堂を開き、西洋画法の後進の指導にあたり、明治8年(1877)龍馬の肖像も書いちょりますねー。

明治10年(1879) 31歳で没。

国沢新九郎 - Wikipedia

深尾貝作は、留学中、イングランド北部のノース・ヨークシャー、ミドルスブラ造船場付近の海岸で水死。

松井正水は、身をあやまって酒に溺れ、北米大陸の漂客に落ちぶれたと言う。

そして、土佐藩ロンドン留学生の団長として渡った真辺正精(真辺戒作)は、ロンドン留学中に馬場辰猪と決闘して腕を負傷し、帰国後の明治12年(1879)親友の吉田正春(吉田東洋の嫡男)宅で自殺。

享年32歳。

藩命を受け、海を渡った5人の留学生たちが、イギリスで何を学び何を見聞きしたか判らんけんど、彼らの留学は何だったろーかと思うたりします。

イギリス留学が出来ず死んで行った、安養院に眠る4人の高知藩留学候補生らーの無念さは、残念ながら彼らには伝わってなかったのかなと・・・。

【 参考・引用 】 『土佐百年史話 民権運動への道』 編者・平尾道雄

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