吸江庵跡 - 坂本龍馬も此処から浦戸湾を眺めたろー

吸江庵跡

[ 高知県高知市吸江 ]


坂本龍馬が、土佐に最後の帰国をした際に、足跡を残しちゅう場所ながです。

坂本龍馬も、この浦戸湾の眺めを目に焼き付けたろーねー。

慶応3年(1867)9月24日、長崎から芸州藩・震天丸に武器を積んで浦戸湾に入り、この吸江寺或いは近くの茶亭で土佐藩の参政・渡邊弥久馬、大監察・本山只一郎、同森権次らと会談しちょるがです。

会談後、坂本龍馬は三条家の戸田雅楽を伴って、懐かしい家族の待つ坂本家の門を潜るがです。

坂本龍馬が実家に戻る場面を、『竜馬がゆく』より引用させてもらいります。

・・・屋敷の門前に立った。
いつにもなく大門が八ノ字にひらいている。
(変わっちょらんのう)

竜馬は仰いだり俯したりしてながめていたが、やがて門内に足を踏み入れた。
「わっ」

門の陰で、まるで子供の隠れんぼうのようにしてかくれていた乙女が、そうおどした。
竜馬ははじけるように笑い、なにもかも子供のときとおなじだ、と思った。

坂本家ではすでに藩庁から内々の報せによって竜馬が帰ってくることを、ほんの半刻前に知っていたのである。
竜馬が南奉公人町を北に折れたところを、物見役の源オンチャンが見つけ、宙を飛んで注進したというのだ。

竜馬が門内を見まわすと、そこここの茂みの陰に源オンチャンが居たり、姪の春猪がいたり、乳母のおやべさんがいたりした。
おやべさんにいたっては、もう泣き腫らしてしまって、顔全体が腫物のようになっていた。
「ああ、行儀の悪い家に帰ってきた」

竜馬は地駄ン太をふむようにしてよろこび、京侍の戸田雅楽を紹介した。・・・

【 引用 】 『竜馬がゆく』 「浦戸」より 司馬遼太郎・著


『竜馬がゆく』は司馬さんのフィクションですが、坂本龍馬が実家に戻る場面をうまく表現しちょると思います。

龍馬本人は勿論、乙女ねえさんや源オンチャンたちの、お互いに対面できる喜びが伝わってき、「多分、こんな対面をしたろー」と読み返す度に涙がこぼれそうになる、オンちゃんの大好きな場面の一つながです。

ちっくと「ウルウル」しながら、書いちょりますが・・・。

最後に「吸江」の読みについて。

オンちゃんも最初の頃は「きゅうこう」と読みよったけんど、土佐では大間違いで「ぎゅうこう」と読むのが正しいがですき。

念のため・・・。


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