大黒宗哲勝正 - 先祖は長宗我部家臣・杓田城主

大黒宗哲墓

[ 高知県高知市・筆山 ]


先祖は、長宗我部氏から出た杓田城主・大黒太郎左衛門範宗。

大黒宗哲勝正(初代)の父・大黒主計頭は千石を領したが、天正14年(1586)の豊後(大分)戸次川の戦で、長宗我部信親と共に討ち死。

大黒宗哲勝正は通称・茂左衛門、隠居後に宗哲を名乗る。

元和9年(1623)に山内氏に召抱えられ、御納戸役等を勤め、寛文3年(1663)馬廻百五十石になった。

延宝5年(1677) 82歳で没。

【参考・引用】 『土佐の墓』 山本泰三・著


長宗我部信親 - 戸次川の戦いで討死 2012-03-25

山内氏に召抱えられたのが元和9年(1623)と言う事は、山内一豊の養嗣子となった土佐藩第2代藩主・山内忠義の時代ながです。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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