上村貞保 - 武市半平太とも交わった勤王家

上村貞保墓

[ 高知県高岡郡佐川町甲 ]


上村貞保は始め上村務と称し、父は上村久蔵。

山内家の国家老・佐川深尾氏に代々仕えた。

上村貞保は武市半平太と交わり勤王の志厚く、国家老で佐川城主・深尾鼎(ふかお かなえ)に尊攘の大儀を説き勤王に尽くすよう進言した。

また在京の志士と気脈を通じ、国に在って連絡などに奔走した。

明治25年 59歳で没。

【参考・引用】 『土佐の墓』 山本泰三・著


こうした状況もあり、国家老で佐川城主・深尾鼎は、佐幕派の多い上士の中にあって数少ない勤皇派の一人で、土佐勤王党にも支援しちょったがです。

幕末、武市半平太や多くの土佐の勤王家が活躍出来たのも、こうした人たちの後ろ盾があったからだと言う事も、知ってほしいがです。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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