松平春嶽 - 坂本龍馬に勝海舟への紹介状を書く

檜垣直枝墓

[ 東京都品川区南品川五丁目・海晏寺 ]


檜垣清治(直枝)の墓所のある海晏寺にゃ、名君と言われた越前福井藩主・松平春嶽や家臣の由利公正・中根雪江の墓があるがです。

松平春嶽と坂本龍馬は関わりがあり、文久2年(1862)に間崎哲馬・近藤長次郎とともに幕府政事総裁職じゃった前・福井藩主・松平春嶽に拝謁し、幕府軍艦奉行並・勝海舟への紹介状を受け門田為之助・近藤長次郎は海舟の屋敷を訪問して門人となっちょります。

また、神戸海軍操練所設立の許可を受け同時に海舟の私塾・神戸海軍塾開設も認められ、幕府から年三千両の経費の支給も承諾されたけんど、別に運営費として松平春獄から千両を借入れしちょります。

乙女ねーやんへの手紙に「この頃は軍学者勝麟太郎大先生の門人になり、ことの外かわいがられ候・・・すこしエヘンに顔をし、ひそかにおり申し候。エヘン、エヘン」と自慢しちょります。

他に岩倉具視の墓もあるがですが、この墓所内は一般参拝できませんき、残念ながら、どれが誰の墓所かは特定できんが・・・。
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