北村重頼 - 鳥羽伏見の戦いで勝利し土佐藩を倒幕側に立たせた

北村重頼墓

[ 高知県高知市・筆山 ]


北村重頼は、通称・長兵衛。

父は、潮江住の馬廻二百石・北村五平。

慶応4年(1868)正月4日、鳥羽伏見の戦いの際、山田平左衛門(小隊長)、北村重頼(砲兵隊長)らは、山内容堂の禁止令を無視して参戦、勝利を得、土佐藩を倒幕側に立たせ錦旗を下賜させた。

東征して帰国後、武功によって四百石・中老となった。

維新後、征韓論が起こると現地視察に行ったが、論破されて下野、次いで谷干城の推挙で大阪鎮台参謀となった。

明治10年(1877)西南の役当時は佐々木孝行と共に帰国し、立志社の挙兵を未然に防いだ。

明治11年(1878)、34歳で亡くなっちょります。

【参考・引用】 『土佐の墓』 山本泰三・著


北村重頼墓

墓碑の撰文は、谷干城ながです。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment